12/31(金) ䷳ 艮爲山(ごんゐさん) 変爻無し

12/31(金) 艮爲山(ごんゐさん) 変爻無し


【運勢】
思う様にいかない事があっても、焦ってあれこれ手を出す様ではいけない。
心の余裕を保ち、面倒事を避ければ、間違いを犯す事は無いだろう。
何事も、堂々とした姿勢で成果が出るまで堅実に続ける事が大切である。


【結果】

艮爲山(ごんいさん) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陰][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
その背に艮(とどま)り、その身を獲(え)ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなし。彖に曰はく、艮は止まるなり。時止まるときは則ち止まり、時行くときは、則ち行く。動靜(どうせい)その時を失はず。その道光明なり。その止まるに艮(とどま)るはその所に止まるなり。上下敵應(てきわう)して相ひ與(くみ)せず。ここを以て、その身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなきなり。象に曰はく、兼󠄄ねたる山は艮。君子以て思ふことその位を出ず。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
艮はとどまる意󠄃である。山である。山が二つ重なるので兼山ともいう。應爻が一つもなく、互いに反発して人の顔をみようとしないので、背中しか見ないのである。どこかに向おうとすることなく、その地位にとどまるだけである。


〔根本通明の解釋〕
『説卦伝』にあるように、艮は止まるのが宜しい。しかし止まると云っても、進むべき時に止まっては弊害が生じるので、注意しなければならない。艮は人の身体でいえば背中に相当する。動くものは前にあり、背中は動かないからである。また欲は前の方から起こり、背中には欲が生じない。かつ世の中は欲の世界だが、背を向けていれば無欲でいられる。無欲であれば、我が身は無いのと同じである。我が身が無ければ、世間から訪ねて来る人もいない。荘子も「斉物論」で同様のことを言っている。人と交わらずに一人道を楽しんで居れば、何所からも咎を受けることはないのである。
[彖傳]
艮は止まるとある。三爻目、四爻目、五爻目に震の卦があるが、これは進み行くことを意味する。止まる方にばかり偏ってはいけない。また艮の卦には時の象があるが、これは止まるべき所に於いて止まるという意味である。動と静の双方を含んでいることになる。つまり自身に相応(ふさわ)しい所で止まり、行けば良い時になれば動いていくのである。初爻目と四爻目は陰爻同士、また二爻目と五爻目も陰爻同士、そして三爻目と上爻も陽爻同士であるから、いずれも相応じず親しまない。よって「其ノ身ヲ獲」ない。我が身に欲が無く、世間に望みを持たず、室から庭に出て行っても訪問者も見えず、従って咎を受けることもないのである。
[象傳]
「兼山ハ艮」とある。山が二つ重なっており、対立しているから、互いに動いて交わることがない。君子は自分の居所から外へ出ず、我が身を守っているので、外への考えが及ばないのである。

12/30(木) ䷝ 離爲火(りゐか) 五爻初爻

12/30(木) 離爲火(りゐか) 五爻初爻


【運勢】
上に立つ者が模範となり、皆が正しさを共有すれば、秩序は守られ、何事も上手く行くだろう。
悲しみや苦しみに苛まれている時は、己の弱さを知る良い機会である。
素直に自らを省みて、軽率な行動を慎む事が大切である。


【結果】
䷝◎⚪︎
離爲火(りゐか) 五爻初爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陰][四爻 少陽]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 老陽]
《爻辭》
[五爻 優先][初爻]


【原文】
《卦辭》
離は貞に利(よろ)し。亨(とほ)る。牝牛を畜(やしな)へば吉。彖に曰はく、離は麗なり。日月は天に麗(つ)き、百穀草木は地に麗き、重明󠄃以て正に麗く。乃(すなは)ち天下を化成す。柔、中正に麗く。故に亨る。是を以て牝牛を畜へば吉なり。象に曰はく、明󠄃兩たび作るは離。大人以て明󠄃を繼ぎ、四方を照らす。


《爻辭》
[五爻 優先]
六五。涕を出すこと沱若たり。戚嗟若たり。吉。
象に曰く、六五の吉は、王公に離けばなり。
[初爻]
初九。履むこと錯然たり。之れを敬して咎なし。
象に曰く、履錯の敬は、以て咎を辟くるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
離は柔であることが正しい。だから、必ず正しくして後にうまく行く。陰爻が卦の真ん中にある。牝の善いものである。外は強くて内は柔らかい。牛の善いものである。柔順を良しとする。凶暴な動物を飼ってはならない。牝牛を飼うのが良い。それぞれのものが、あるべき場所にあるのが良い。陰爻が真ん中に在ればうまく行く。吉。強暴な動物を飼うべきでない。


《爻辭》
[五爻 優先]
履むに其の位に非ず、履む所に勝へず。柔を以て剛に乘り、下を制すること能はず。下は剛にして進み、將に來りて己を害はんとす。憂ひ傷むの深きなり。沱し嗟くに至るなり。然るに麗く所尊に在り、四、逆に首となる。憂ひ傷むこと至深なり。衆の助くる所なり。故に乃ち沱し嗟きて、吉を獲るなり。
[初爻]
錯然は警戒し愼しむ樣である。離の初めで進むことが盛んである。然し未だ渡り切れていないので、行動は慎むべきである。敬を大切にすれば問題を回避できる。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
離は附くということである。一陰が二陽の間についている。火であり、日であり、電気であり、德としては明󠄃である。皆柔順であることを知っている。明󠄃は正しくあるのに良い。世の中で明󠄃を用いれば、正を失いがちである。明󠄃が二つ重なる状態で正を忘れなければ、天下を化成することが可能である。坤では牝馬の貞によいとあったが、この離では牝牛である。柔順の徳というより、柔順な人に服するのが良い。智の至りである。明󠄃とは日のことである。前の日が没しても、次の日の出がある。君子はこれを体現し、前の王の明徳を継いでいくのである。


《爻辭》
[五爻 優先]
[初爻]
錯然とは交錯したさまをいう。剛で下に居る。上に応じるものが無い。志は上を目指すが、進むことができない。慎んで敢えて進むべきでない。人は下に居ると上を目指してしまうものであるが、上に応援する人が居ない場合は成功しない。却って恥をかく。まずは慎むことである。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
離はつくの意󠄃味である。正しくあればどこまでもよい。陰が陽爻二つの間についている。この陰爻は坤からきた。牝牛は柔順であり、温厚である。二爻と五爻が牝牛であるから、柔順の徳をやしなうべきである。
[彖傳]
乾の卦の二爻と五爻に陰爻がついたのである。日月は天について天下をあまねく照らす。また百穀草木は地に附いて盛んである。明󠄃の上に明󠄃が重なっているので、重明󠄃という。それが皆正しい位置についている。日月が天下を照らすように、君主も今日も明日も正しさを失わずにいれば、あまねく天下を化すことが出来る。中正なる所󠄃に居るのは二爻である。牝牛というのは二爻のことである。天子は每日明徳を以て政治をしなければならない。


《爻辭》
[五爻 優先]
[初爻]
初九は東から日が出ようとする所であり、未だ昧(くら)いから道が判然としない。此処で軽々しく進んで往けば、石に躓いたり穴に堕ちたりと云う様な事がある。其所で油断せずに、能々慎まなければいけない。是を人で解釈すると、未だ学問が明らかで無く、自身の行いに又疑いが起って来る。しかし十分に慎みを加えて往けば、咎を受ける事は無い。
[象傳]
足を履み進めて往く時には、紛らわしい所で道を過る事の無いように、慎しみが必要である。そうすれば咎を避ける事が出来る。

12/29(水) ䷳ 艮爲山(ごんゐさん) 上爻

12/29(水) 艮爲山(ごんゐさん) 上爻


【運勢】
思う様にいかない事があっても、焦ってあれこれ手を出す様ではいけない。
周りに流される事無く、辛抱強く努力出来る人は、最後に必ず報われる。
何事も、堂々とした姿勢で成果が出るまで堅実に続ける事が大切である。


【結果】
䷳◎
艮爲山(ごんいさん) 上爻
《卦辭》
[上爻 老陽][五爻 少陰][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[上爻]


【原文】
《卦辭》
その背に艮(とどま)り、その身を獲(え)ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなし。彖に曰はく、艮は止まるなり。時止まるときは則ち止まり、時行くときは、則ち行く。動靜(どうせい)その時を失はず。その道光明なり。その止まるに艮(とどま)るはその所に止まるなり。上下敵應(てきわう)して相ひ與(くみ)せず。ここを以て、その身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなきなり。象に曰はく、兼󠄄ねたる山は艮。君子以て思ふことその位を出ず。


《爻辭》
上九。艮るに敦し、吉。
象に曰く、艮るに敦きの吉は、終を厚うするなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
艮はとどまる意󠄃である。山である。山が二つ重なるので兼山ともいう。應爻が一つもなく、互いに反発して人の顔をみようとしないので、背中しか見ないのである。どこかに向おうとすることなく、その地位にとどまるだけである。


《爻辭》
止の極に居り、止を極む者なり。敦く重にして上に在り、陷らずして、妄に非ず。宜しく其れ吉なるべきなり。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
『説卦伝』にあるように、艮は止まるのが宜しい。しかし止まると云っても、進むべき時に止まっては弊害が生じるので、注意しなければならない。艮は人の身体でいえば背中に相当する。動くものは前にあり、背中は動かないからである。また欲は前の方から起こり、背中には欲が生じない。かつ世の中は欲の世界だが、背を向けていれば無欲でいられる。無欲であれば、我が身は無いのと同じである。我が身が無ければ、世間から訪ねて来る人もいない。荘子も「斉物論」で同様のことを言っている。人と交わらずに一人道を楽しんで居れば、何所からも咎を受けることはないのである。
[彖傳]
艮は止まるとある。三爻目、四爻目、五爻目に震の卦があるが、これは進み行くことを意味する。止まる方にばかり偏ってはいけない。また艮の卦には時の象があるが、これは止まるべき所に於いて止まるという意味である。動と静の双方を含んでいることになる。つまり自身に相応(ふさわ)しい所で止まり、行けば良い時になれば動いていくのである。初爻目と四爻目は陰爻同士、また二爻目と五爻目も陰爻同士、そして三爻目と上爻も陽爻同士であるから、いずれも相応じず親しまない。よって「其ノ身ヲ獲」ない。我が身に欲が無く、世間に望みを持たず、室から庭に出て行っても訪問者も見えず、従って咎を受けることもないのである。
[象傳]
「兼山ハ艮」とある。山が二つ重なっており、対立しているから、互いに動いて交わることがない。君子は自分の居所から外へ出ず、我が身を守っているので、外への考えが及ばないのである。
《爻辭》

12/28(火) ䷻ 水澤節󠄄(すいたくせつ) 上爻三爻

12/28(火) 水澤節󠄄(すいたくせつ) 上爻三爻


【運勢】
世の中は複雑で一貫性を求める事は難しい。
複雑な状況に対して偏見を持たず、冷静に俯瞰して見る事が大切である。
厳しく当たるのでは無く、正しい姿勢を示す事で周りを感化出来れば、何事も上手く行くだろう。


【結果】
䷻◎⚪︎
水澤節󠄄(すいたくせつ) 上爻三爻
《卦辭》
[上爻 老陰][五爻 少陽][四爻 少陰]
[三爻 老陰][二爻 少陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[上爻 優先][三爻]


【原文】
《卦辭》
節󠄄は亨(とほ)る。苦節貞(てい)すべからず。彖(たん)に曰はく、節󠄄は亨(とほ)る。剛柔(ごうじゅう)分かれて、剛中を得る。「苦節は貞すべからず」とは、その道窮(きは)まるなり。よろこびて以て險(けん)を行き、位にあたりて以て節󠄄(せつ)す。中正にして以て通ず。天地節󠄄して四時成り、節󠄄して以て度を制すれば財を傷(そこな)はず、民を害せず。象に曰はく、澤上に水あるは節󠄄。君子以て數度(すうど)を制し、德行を議(ぎ)す。


《爻辭》
[上爻 優先]
上六。苦節す。貞なれば凶。悔い滅ぶ。象に曰はく、苦節、貞なれば凶とは、その道窮まるなり。
[三爻]
六三。節若せざれば則ち嗟若す。咎なし。
象に曰く、節せざるの嗟は、又た誰をか咎めんなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
坎は陽で兌は陰である。陽が上で陰が下である。剛柔が分かれている。剛柔が分かれて乱れない。剛が中を得て制となる。主節󠄄の義である。節󠄄で最大は剛柔が分かれている時である。節󠄄で苦を過ぎれば堪えられない。それでは正に復せない。喜んで險を冒さず、中を過ぎて節󠄄となれば道󠄃が窮まる。


《爻辭》
[上爻 優先]
上爻は苦節が行き過ぎている。苦節に固執してはいけない。しかし、極限まで行ったので、この苦節に堪えたなら、道が開けるだろう。
[三爻]
若は辭なり。陰を以て陽に處り、柔を以て剛に乘る。節に違ふの道なり。以て哀しみ嗟くに至る。自己の致す所にして、怨咎する所なし。故に咎なしと曰ふなり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
節󠄄は分かれて度がある。竹の節のことである。陰陽が均等である。二爻と五爻が剛中である。節󠄄があれば通り、及ばないという弊害がない。上爻は陰柔で正を得て窮まれば、節󠄄を過ぎて窮まる。君子の道は中に適うを貴しとする。人は剛で折れず、柔で撓まなければよろしい。又偏ることがない。うまく行く。及ばないことを恐れるのでなく、行き過ぎることに注意すべきである。
《爻辭》
[上爻 優先]
[三爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
節は竹の節に由来する。中が空洞で通っているが、所々に節があり止まって堅く動かない。上卦は坎で水が流れて通じるが、下卦は兌で水が止まり、節の象がある。総ての事は竹の節の様に分限がある。天地の間にも、君と臣の間にも、一家の中にも各々身分に応じて為す所がある。しかし己の分を守るということも、度を越せば苦節となる。孟子に陳仲子という人物がおり、節義を守ることを徹底する余り、無道の君から受ける禄を穢れると言って嫌悪する。しかしそれでは生きていくことは出来ない。我が身を苦しめ無理をしてまで節を守ろうとしてはいけない。
[彖傳]
下卦が陰=柔で、上卦が陽=剛である。上卦の主爻は五爻目で、下卦の主爻は三爻目である。剛と柔が上下に分かれ、陽爻は皆中を得ている。「苦節不可貞」は行う所の道が窮して行えなくなることである。陳仲子の様に窮することになる。
[象傳]
沢の上に水が流れる。沢は四方に堤防があって水を溜めている。これが節である。程好い所に止まっている。君子は節に則って政を行う。


《爻辭》
[上爻 優先]
[三爻]

12/27(月) ䷂ 水雷屯(すいらいちゅん) 変爻無し

12/27(月) 水雷屯(すいらいちゅん) 変爻無し


【運勢】
物事の根幹が整わず、混沌とした状態が続く事は良くない。
先ず初めに土台を固め、その上で未来を見据えて堅実に進めて行くと良い。
困難な問題に直面した時は、よく考え悩み、安易に判断しない事が大切である。


【結果】

水雷屯(すいらいちゅん) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陽][四爻 少陰]
[三爻 少陰][二爻 少陰][初爻少陽]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
屯(ちゅん)は元(おほ)いに亨(おほ)る。貞(てい)によろし。往くところ有るに用ゐるなかれ。侯(こう)を建つるによろし。彖(たん)に曰はく、屯は剛柔始めて交はりて難生ず。険中に動く。大いに亨(とほ)りて貞し。雷雨の動く滿盈(まんえい)。天造󠄃草昧(てんぞうそうまい)。侯を建つるによろしくして、寧せず。象に曰はく、雲雷は屯。君子以て經綸(けいりん)す。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
屯はなやみある象、また草が萌芽しはじめたところである。
なやんで通ずることが出来ない状況である。
ただし、時が至れば険難を脱して安泰な境地に至る。
そのためには、正しさを固く守らねばならない。
現在は草創期であり、社会の秩序がまだ整わない時である。
こういう時は、適材適所で良い人材を登用しなければならない。


〔根本通明の解釋〕
屯は止まり艱(なや)むという義である。
下卦の震は、出で進んで往く所の卦であるが、目の前には大いなる水があり、往こうとしても往かれない。
水は険難の象で、外の世界は力の支配する恐ろしい状態で、軽々しく進めば難に遭う。
天下を治めるには、仁義礼智を具えた侯を建てなければならない。
[彖傳]
震は雷で気力が強く、如何なる険難に遭っても落胆して止まることは無い。
険難の中に在っても動いて出る所があり、始終は大いに亨る。
初九は侯となるべき人物で、仁徳を具えている。
この人が進んで遂に侯になる所の卦である。
雷が動いている中に、雨が降って来て、天地の間には萬物が一杯に生まれる。
真っ暗な世の中に侯を建て治めなければならない。
服し集まった者を以て治めれば良く、抵抗する様な者は勝手にさせておけばよい。
世の中の始まりは細やかに事を行ってはいけない。
[象傳]
経綸の経は縦糸、綸は横糸で、世を治めるのは一匹の布を織り立てる如きものである。
また雷は雷気が四方に敷き施し、ちょうど縦糸を竝べる所である。
綸は物を撚り合わせて集める方で、厚く集まった雲の象である。
この雲雷の象によって世の中を治める。

12/26(日) ䷁ 坤爲地(こんゐち) 二爻

12/26(日) 坤爲地(こんゐち) 二爻


【運勢】
正しい事を行う上で不必要な力は、持つべきでない。
慣例や秩序に対して敬意を払い、従順さを示す事が大切である。
何事にも、実直であり、誠実であり、そして力強くあれば、改めて習わずとも、堅実に進んでいると言える。


【結果】
䷁◎
坤爲地(こんゐち) 二爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陰][四爻 少陰]
[三爻 少陰][二爻 老陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[二爻]


【原文】
《卦辭》
坤は元(おほ)いに亨(とほ)る。牝馬の貞に利(よ)ろし。君子往くところ有り。先(さきだ)つときは迷ひ、後るるときは主を得るに利あり。西南には朋を得る。東北には朋を失ふ。安貞にして吉。彖に曰はく、至れるかな坤元。萬物、資(よ)りて生ず。乃ち順にして天を承(う)く。坤、厚くして物を載す。德无疆に合ふ。含弘光大にして品物、咸(ことごと)く亨る。牝馬は地類。地を行くこと疆なし。柔順利貞は君子の行ふところ。先だつときは迷ひて道󠄃を失ひ、後るるときは順にして常を得る。西南には朋を得る。乃はち類と行く。東北には朋を喪ふ。すなはち終に慶有り。安貞の吉は地の无疆に應ず。象に曰はく、地勢は坤。君子以て厚德者物を載す。


《爻辭》
六二。直方大。習はずして、利しからざるなし。
象に曰く、六二の動は、直にして以て方なるなり。習はずして利しからざることなしとは、地道光なるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
坤は貞によろしい。牝馬によい。馬下にあって行く。牝馬は柔順の至りである。柔順を尽くして後にうまく行く。牝馬の正しいものによろしい。西南は人を養う地である。坤の方角である。だから友を得る。東北は西南の逆である。友を失う。乾は龍を以て天を御し、坤は馬を以て地を行く。地は形の名である。坤は地を用いるものである。両雄は並び立たない。二人主が居るのは危うい。剛健と對をなす。長く領土を保つことが出来ない。順を致していない、地勢が順わない。その勢は順。


《爻辭》
中に居りて正を得。地の質を極む。其の自然に任せて、物自ら生ず。脩營を假りずして、功自ら成る。故に習はずして利しからざるなし。
動にして直方、其の質に任すればなり。


〔伊藤東涯の解釋〕
《卦辭》
坤の爻はすべて陰。順の至りである。牝馬は柔であり強く行く。この卦は柔にして健である。主に遇うとは、陽に遇うことである。西南は陰、東北は陽。順の至りでうまく行く。君子まず行くところがあれば迷い、後に主を得る。西南に行くと友を得て、東北に行くとその友は離れる。正しいことだけをしていれば吉。天の気を承け萬物を生ず。陽に先んじてはならず、陽の後に行けばよい。
《爻辭》


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
坤は乾と對であり、乾は天、坤は地である。牝馬の話が出るが、これは乾の方が牡馬であることをも示している。臣たるもの、必ず朝󠄃廷に行って君に仕えなければならない。しかし、無学では全く役に立たないから、そのためには朋(とも)をもって助け合わなければならない。西南は坤である。
巽の卦、離の卦、坤の卦、澤兌の卦は陰の卦である。そこで、西南に陰の友が集まっている。朋は友と違う。一緒に勉強するもののことを朋というのである。友とは朋の中でも特に親しいものである。朋の字は陰で、友の字は陽である。始めのうちは陰の友達が必要である。そこで西南が良いのである。また、東北は朝󠄃廷を意味する。乾の気で萬物は始まり、坤の気で萬物に形が備わる。坤の卦は地の上に地を重ねているから、地盤は盤石である。天の気がどこまでも拡大していくのに、陰の気はどこまでも従うのである。牝馬が牡馬に従うように、臣下は君主に仕えるのである。先に行こうとしてはいけない。常に後ろについていくべきである。臣下は朋友を失うことになるが、君主に仕えることでそれを克服するだけの喜びを得る。慶(ケイ、よろこ)びは高級な臣下の卿(ケイ)に通じる字である。上に鹿の字が附くが、昔は鹿の皮を以て喜びを述べた。人々が集まってくるのである。
[大象傳]
地が二つも重なっているので盤石である。物を載せても耐えられる。つまり様々なことを任されても耐えられる存在なのである。
《爻辭》

12/25(土) ䷉ 天澤履(てんたくり) 二爻

12/25(土) 天澤履(てんたくり) 二爻


【運勢】‬
今迄の行いを省みて、出来る事を一つずつ、誠実に進める事が大切である。
志が高くても実力が伴わない様だと、かえって事態を悪化させてしまう。
俗欲に惑わされる事無く、淡々と中正を守れば、何事も上手く行くだろう。


【結果】
䷉◎
天澤履(てんたくり) 二爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 老陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[二爻]


【原文】
《卦辭》
虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨(とほ)る。彖に曰はく、履は柔、剛を履(ふ)む。說󠄁(よろこ)びて乾に應(わう)ず。ここを以て虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨る。剛中正。帝位を履(ふ)みて疚(やま)しからず。光明あるなり。象(しやう)に曰はく、上天下澤は履。君子以て上下を辨(わきま)へ民の志を定む。


《爻辭》
九二。履の道󠄃坦坦たり。幽人貞なれば吉。象に曰く、幽人貞なれば吉とは、自ら亂れざるなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
履は踏むことである。上卦は人で、下卦は虎とされる。下卦の虎が口を開いて人に噛みつこうとしている。人が虎の尾を履んで、大変危うい状況にあるが、機を見るに敏であり助かる。喜んで天命にしたがう心があれば無事に済む。


《爻辭》
[王弼]
履の道謙を尚び、盈つるに處るを喜ばず。務めて致誠に在り、夫の外に飾る者を惡むなり。而して二、陽を以て陰に處り、謙なるを履むなり。内に居りて中を履み、隱顯同じきなり。履道の美、斯に於いて盛をなす。故に道を履むこと坦坦たり。險厄なきなり。在りて幽に貞なり。宜しく其れ吉なるべきなり。
[東涯]
坦坦とは道が平󠄃らなことである。
剛中で下に在る。上に応じるものがないが、履み行う所󠄃は道が平坦である。用いられても陥れられても心が乱れることはない。正しくしていれば良い。
利害の絡む場合、どうしても予期せぬ事態に巻き込まれてしまう。一方で利害の外に超然としていれば、道は平坦である。
天下が乱れている時は、隠れて正しさを守るのが吉である。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
下の兌の卦が虎で、虎は大臣の象である。革命の卦である沢火革では「虎変ず」とある。虎が乾の卦を履んで行く、つまり大臣が天子に咥ひ付くのである。天子が咥ひ付かれないようにするには、後ろに巡って虎の尾を履んで行けば良い。
[彖傳]
「履柔履剛也」は、乾が兌の前にある、つまり陰爻の兌=柔が陽爻の乾=剛を履んでいることである。虎は始めの内は従順であり、佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう、心のよこしまな人)の巧言令色の卦である。天子の思召し通りに何でも其れを輔け、段々と立身し大臣と為ったが、いよいよ欲が深くなって君を侵す勢いとなり、天子は迂闊にしていると噛まれてしまう。そこで天子が虎の尾を履めば噛まれることはなく、道が亨るようになる。上九に「其旋元吉」とあり、上卦が下卦の下に旋(めぐ)って入れ替われば、沢天夬となり、虎の尾を履むことが出来る。そのため九五に「夬履」と云っている。沢天夬に「夬、揚于王庭。孚号、有厲」とあるのは、大臣を撃つことである。これを他の注解は全く書いておらず、下らない解釈ばかりである。
[象傳]
上に天があり、下に沢がある。沢は至って低い所であり、天地よりも天沢の方が猶低い所である。二・三・四爻目に離がある。離には礼儀の象意がある。そいて天沢の二字を用いて「辨上下」とある。つまり礼儀として上と下との区別を立てることである。上下の別を辨じて民の志を定めるのである。民は沢の如く、君は天の如きものであり、沢が上がって天に為るべき道は無い。「定民志」は、上を侵すべき道が無いという事が定まっていることである。
《爻辭》

12/24(金) ䷭ 地風升(ちふうしょう) 四爻

12/24(金) 地風升(ちふうしょう) 四爻


【運勢】
順徳を固く守り、一貫した姿勢で取組み、皆の信頼を得る事が大切である。
謂れのない非難に尻込みせず、志を同じくする仲間と、共に歩むと良い。
日々の積み重ねを大切にし、最後まで歩み続けた者が君子に至るだろう。


【結果】
䷭◎
地風升(ちふうしょう) 四爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陰][四爻 老陰]
[三爻 少陽][二爻 少陽][初爻 少陰]
《爻辭》
[四爻]


【原文】
《卦辭》
升は元(おほ)いに亨(とほ)る。大人を見るに用う。恤(うれ)ふることなかれ。南征して吉。彖に曰はく、柔は時を以て升(のぼ)る。巽にして順。剛中にして應ず。是を以て大いに亨(とほ)る。「大人を見るに用う。恤ふることなかれ」とは、慶あるなり。南征して吉とは、志行はるるなり。象に曰はく、地中に木を生ずる升。君子以て德に順(したが)ひ、小を積みて以て高大なり。


《爻辭》
六四。王用ゐて岐山に亨(とほ)す。吉にして咎(とが)め无(な)し。象に曰はく、「王用ゐて岐山に亨す」とは、順にして事(つか)ふるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
巽順で以て上るべし。陽爻が尊󠄄位に当たらない。厳しい剛の正しさがないので憂えを免れない。大人にあうのに用いる。憂うるなかれ。柔で南に行けば、大きな明󠄃につく。柔は時により上ることを得られる。純柔であれば自分で上ることが出来ない。剛が思いあがれば人は従わない。旣に時であり上った。また巽順である。剛中で応じている。だから大いにとおるのである。巽順で上った。大きな明に至る。志が通ったことを言う。


《爻辭》
四爻は大臣の爻で、ここでは文王が岐山に登って神を祭った象である。大変有能であるが、王に服してよく仕える大臣である。どんな徳の無い王でも、良い臣下の助けを得て天下は治まっている。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
升は変じて萃と通う。萃の内卦の三爻の陰が昇って外卦に行った。だから升という。内が巽で外が順。柔巽で人の心に從う。二爻は剛中で五爻と応じている。これは賢人が君を得た象である。その得失を憂うるなかれ。西南は坤
であり、上卦にある。だから前進して南に遠征する。進み上って吉である。君臣が遇うことは古來難󠄄しい。巽順の德を身につけ、柔中の君(五爻)に遇󠄄う。剛中の逸材(二爻)を重用して、賢人を好む時、進んで為すことがある。地中に木が生ずる象であるから、地道は木に敏感である。時に昇進する。もしその養いを得れば、長く続かないものはない。君子はこれを体してその徳に從う。次々に重ねて高明󠄃廣大となる。漸次進む。
《爻辭》


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
升は升(のぼ)って進むという義がある。昇と同じである。三・四・五爻の震の卦は陽木、下卦の巽は陰木である。地に陽木と陰木の芽が出ている。それが天を貫くまでに段々進んで往くのが升である。元亨の元は震で、亨は兌である。また震は仁で、兌は義であるから、この卦には仁義の象がある。震は長子で、仁義の徳が段々と上って行けば、天子の位に即(つ)く所があり、心配には及ばない。南に征くとは、南面の位に即くことをいう。
[彖傳]
太子は升るべき時を以て天子の位に升る。皇太子が二爻目になると陽爻であるから剛である。内卦の皇太子が剛で中庸の徳を備えているから、外卦の坤=天下皆その徳に応じて服する。心配には及ばない。必ず天子の位を相続して大いなる慶びが出てくる。
[象傳]
地の中に巽と震の卦がある。木が次第に上の方に進んで伸びて往く。君子はこの卦の象を用いて徳を順にする。巽は『説卦伝』に「高し」とある。


《爻辭》
岐山は西の山である。兌は西であり、岐山において祭る。即ち皇太子が天子に代わって天を祭る。そこで吉であり、咎が無い。
[象傳]
従順にして能く天に事(つか)う所がある。皇太子が天子に代わって祭るのは、やはり順なる所である。

12/23(木) ䷝ 離爲火(りゐか)→䷩ 風雷益(ふうらいえき)

12/23(木) 離爲火(りゐか)→ 風雷益(ふうらいえき)


【運勢】
柔軟な思考を持ち、日常の中で相手の心情を汲み取る事が大切である。
勢いだけで無く、明確な目標や信念を持って行動すると良い。
上に立つ者が模範となり正しさを共有すれば、何事も上手く行くだろう。


【結果】

本卦:離爲火(りゐか)
之卦:風雷益(ふうらいえき)
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陰][四爻 老陽]
[三爻 老陽][二爻 少陰][初爻 少陽]
《爻辭》
[五爻][四爻][三爻]


【原文】
《本卦:
離爲火》
離は貞に利(よろ)し。亨(とほ)る。牝牛を畜(やしな)へば吉。
彖に曰はく、離は麗なり。日月は天に麗(つ)き、百穀草木は地に麗き、重明󠄃以て正に麗く。乃(すなは)ち天下を化成す。柔、中正に麗く。故に亨る。是を以て牝牛を畜へば吉なり。
象に曰はく、明󠄃兩たび作るは離。大人以て明󠄃を繼ぎ、四方を照らす。


《之卦:
風雷益》
益(えき)は、往く攸(ところ)有るによろし。大川を涉るに利し。
彖に曰く、益は上を損して下を益す。民說󠄁(よろこ)ぶこと疆(かぎ)りなし、上より下に下る。其道󠄃大に光なり。
往く攸(ところ)有るに利(よ)しとは、中正(ちうせい)にして慶(けい)有り。大川を涉るに利しとは、木道(もくどう)乃ち行く。益は動いてしかして巽(したが)ふ、日に進むこと疆(かぎ)りなし。天施し地生(しょう)ず。其益方(かた)なし。凡そ益の道󠄃は、時と偕(とも)に行ふ。
象に曰く、風雷は益。君子以て善を見れば則ち遷(うつ)り、過(あやまち)有れば則ち改む。


【解釋】
《本卦:
離爲火》
〔王弼の解釋〕
離は柔であることが正しい。だから、必ず正しくして後にうまく行く。陰爻が卦の真ん中にある。牝の善いものである。外は強くて内は柔らかい。牛の善いものである。柔順を良しとする。凶暴な動物を飼ってはならない。牝牛を飼うのが良い。それぞれのものが、あるべき場所にあるのが良い。陰爻が真ん中に在ればうまく行く。吉。強暴な動物を飼うべきでない。


〔東涯の解釋〕
離は附くということである。一陰が二陽の間についている。火であり、日であり、電気であり、德としては明󠄃である。皆柔順であることを知っている。明󠄃は正しくあるのに良い。世の中で明󠄃を用いれば、正を失いがちである。明󠄃が二つ重なる状態で正を忘れなければ、天下を化成することが可能である。坤では牝馬の貞によいとあったが、この離では牝牛である。柔順の徳というより、柔順な人に服するのが良い。智の至りである。明󠄃とは日のことである。前の日が没しても、次の日の出がある。君子はこれを体現し、前の王の明徳を継いでいくのである。


〔根本通明の解釋〕
離はつくの意󠄃味である。正しくあればどこまでもよい。陰が陽爻二つの間についている。この陰爻は坤からきた。牝牛は柔順であり、温厚である。二爻と五爻が牝牛であるから、柔順の徳をやしなうべきである。
[彖傳]
乾の卦の二爻と五爻に陰爻がついたのである。日月は天について天下をあまねく照らす。また百穀草木は地に附いて盛んである。明󠄃の上に明󠄃が重なっているので、重明󠄃という。それが皆正しい位置についている。日月が天下を照らすように、君主も今日も明日も正しさを失わずにいれば、あまねく天下を化すことが出来る。中正なる所󠄃に居るのは二爻である。牝牛というのは二爻のことである。天子は每日明徳を以て政治をしなければならない。


《之卦:
風雷益》
〔王弼、東涯の解釋〕
益は増すこと、増やすことである。
否の上卦の四爻が陽から陰となり、下爻の初爻が陰から陽になっているので、上が損をして下が得をした象である。
上の者が損をして、下の者󠄃を助けることはとても良いことで、また二爻が陰、五爻が陽で、中正であるので、大事業をするのに好機である。
上の者が動けば(震)、下の者が従う(巽)象である。


〔根本通明の解釋〕
この卦は、前の卦の山沢損と反対である。
山沢損は地天泰より来た。
そして地天泰は天地否から来た。
天地否は、上卦は乾、下卦は坤である。
坤は空しさの象で、人民の困窮する卦である。
そこで九四の陽爻が下りて、初六の陰爻が上る。
これで風雷益の卦になる。
これが下を益するという義である。
上卦の震は、農業の卦である。
人民を富ますのは農業であり、これは何処までも推奨される。
それで「利有攸往」である。
こうして人民が富んでいれば、如何なる大難が起こっても踏み越えて往く所となる。
よって「利渉大川」である。
[彖傳]
「損上益下」とは、天地否の九四の陽爻を一つ損(へ)らして、代わりに初六の陰爻を益すことである。
そこで民が説(よろこ)ぶ。
陽が段々進んで往けば兌の卦になる。
農事が盛んになればなるほど、人民は利益を得る。天の気が地の底に下って万物が生じる。
出で来たものは大きくなって花が咲き草木に光を生じる。
よって「其道光大」となる。
「中正にして慶(よろこ)び有り」とは、中正(二爻が陰、五爻が陽で、爻が定位通りであること)の五爻目の天子に、同じく中正の二爻目が応じることである。
いわば名君と忠臣が相助けて人民を生育する所に、慶びが出で来る。
「木道乃行」とは、震と巽に対応する五行が双方とも木であり、万物が盛んになることである。
[象傳]
上卦が巽=風で、下卦は震=雷である。雷が起こると、風はこれを助ける。
また巽は外卦であり、修飾して能(よ)く齊(ととの)えるという所がある。
つまり外の人が行いを修めて行く所を見れば、周囲の者も自ずから其の方へ従って遷って往く。
そして過ちがあれば速やかに改める。
震には過ぎるという象があり、もし往き過ぎれば、物を害してしまう。
雷山小過は霆(激しい雷)である。
雷は下から上に昇るが、霆は上から打ってくる。
これは往き過ぎである。
善い事も過ぎると害を為すから、これを改めなければいけない。

12/22(水) ䷄ 水天需(すいてんじゆ) 五爻二爻

12/22(水) 水天需(すいてんじゆ) 五爻二爻


【運勢】
自然の巡りは不変であり、晴れが続けば後には必ず雨が降る。
新しい事を始める上で、短絡的な批判はつきものである。
批判に対して及び腰にならず、寛大な心を持ち、成果が出るまで中正を堅く守る事が大切である。


【結果】
䷄◎⚪︎
水天需(すいてんじゆ) 五爻二爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 老陽][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 老陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[五爻 優先][二爻]


【原文】
《卦辭》
需孚有り。光に亨る。貞にして吉。大川を渉るに利し。彖に曰はく、需は須なり。險前󠄃に在るなり。剛健にして陥らず。其の義、困窮せず。需は孚有り。光に亨る。貞吉とは、天位に位して以て中正なるなり。大川を渉るに利しとは、往きて功有るなり。
象に曰はく、雲、天に上るは需。君子以て飲食宴樂す。


《爻辭》
[五爻 優先]
九五。酒食に需つ。貞にして吉。
象に曰く、酒食貞吉とは、中正を以てなり。
[二爻]
九二。沙に需つ。小し言有り。終に吉。
象に曰く、沙に需つとは、衍にして中に在るなり。小し言有りと雖も、吉を以て終ふるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
天位に居るとは五爻のことである。中正。そして物を待つ。之が需道である。乾德で進めば亨る。童蒙は旣に德を持つ。


《爻辭》
[五爻 優先]
需の須つ所、待つを以て達くなり。己は天位を得、其の中正を暢ぶ。復た須つ所なし。故に酒食するのみにして、貞にして吉を獲るなり。
[二爻]
轉じて難に近し。故に沙に需つと曰ふ。寇を致すに至らず、故に小し言有りと曰ふ。近くして難に逼らず、遠くして時に後れず。中に健を履みて居り、以て其の會を待つ。小しく言有りと雖も、吉を以て終はるなり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
需は待つべきであるという卦である。下卦の陽は進もうとする。然し前には険難がある。我慢して待てば険難に陥らない。五爻が主爻である。五爻は剛中の才がある。能く待ってから進むことが出來る。心が弱い人は待つことができないで冒険して失敗し困窮する。忍耐は大切である。


《爻辭》
[五爻 優先]
[二爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
下卦の乾は三爻共に陽爻で賢人の象である。上卦の五爻目は陽爻を以て陽位にあり、明君である。しかしながら上卦の坎は水であり、天下が水に溺れる象がある。これは三四五爻目に離の卦があり、主爻となる六四の大臣が、火が物を害する様に天下の人民を苦しめている象である。其所で此の禍の元凶である大臣を、天下の賢人が撃ち拂わければならない。需と云うのは、須(ま)つと云う事である。上卦では力を盡したいと云う賢人を需(ま)ち、下卦では明君が賢人を求める所を需って居る。天子に孚が有り、賢人が国家の為に盡す時には、危険を冒してでも往く所に宜しき所がある。
[彖傳]
需は「須つ」と訓み、「待つ」とは違って、暫く控えると云う義である。険難を前に大事を行おうと思っても、速やかには行われない。天下の賢人は遠く慮る所があり、無理に川を渉って危険に陥らない。九五の天子は天位に居り、何処迄も正しく中庸である。其所で遂に孚の亨る所がある。
[象傳]
雲が天に上り十分に集まった所で雨が降る。即ち需つの象である。下に居る賢人は、時を需って居る間、飲食を以て身を養い、宴楽を以て心を養う。そして時が到れば雷の如くに進んで往くのである。


《爻辭》
[五爻 優先]
[二爻]