【運勢】
物事はとても良い常態を維持しているが、志が高く無ければ続かない。
志を同じくする仲間と、考えを共有する事が大切である。
邪な考えは、互いに戒める事で自然と無くなるだろう。
【原文】
《卦辭》
姤は女壮なり。女を取るに用ゐることなかれ。
彖に曰はく、姤は遇なり。柔剛に遇ふなり。女を取るにもちゐる勿れ。與に長かるべからず。天地相ひ遇(あ)ひて、品物咸(ことごと)く章なり。剛中正に遇ひて、天下大いに行はる。姤の時義大なるかな。
象に曰はく、天の下に風有るは姤。后以て命を施して四方につぐ。
《爻辭》
九五。杞(こ)を以て瓜を包む。章を含めば天より隕(お)つることあり。
象に曰はく、九五の章を含むは中正なるなり。天より隕(お)つること有りとは、志、命を舎てざるなり。
【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
姤は遇うことである。
柔が剛に遇う。
人でいうと女が男に遇󠄄うのである。
一人の女が五人の男に遇󠄄う。
大変強靭な女である。
取るべきでない。
剛が中正であるから天下はあまねく王化󠄃に帰すのである。
言義は見えるところを表現しきれない。
《爻辭》
杞は木の名である。
肥沃な土地にある。
五爻は尊󠄄位を履んで応じるものがない。
地を得て食べない。
威德を持ちながら、まだ発現していない。
天命が下りていない。
しかし、良い場所に居り、剛で中を得ている。
だから志は天命を諦めていないのである。
傾き落ちていくことはない。
〔伊藤東涯の解釋〕
《卦辭》
姤は遇󠄄うことである。
一陰が下に生じて、五つの陽にあったのである。
一陰が五つの陽に対峙する。
その大壮はすさまじいが、陽が必ず勝つ。
このような陰を用いてはならない。
陰陽が互いに對待(たいたい)することは、天地の常経である。
陰が盛んであると陽が損なわれる。
臣下が君主に背くのも、婦が夫を凌駕するのも皆陰が盛んだからである。
姤の卦が戒めるところである。
《爻辭》
杞は高大な木である。
杞梓(きし)のことである。
瓜はおいしい木の実で、下に在るものである。
ここでは初爻を言う。
剛であり中正。
尊󠄄位に居て二爻が応じていない。
賢い君主が良い臣下を得ていない。
そして至誠は賢者󠄃を求めて下に行く。
広大な樹木が下に在るおいしい果実を覆うようなものである。
それは素晴らしいものを秘めているが、まだ表に現れていない。
下は誠に感応して応じて來る。
それは天が授けてことで、人力ではない。
五爻は中正の徳がある。
だから優れたものを持っているという。
至誠の道は鬼神をも感ぜしめるべし。
もし、至誠にして賢人を求めたのであれば、その位を降りて、浮世を離れて静かに暮らしたら、応じるものがない状況が変わり、応じるものが現れる。
予期できないことがある。
昔から聖人が賢臣に遇うときは、みな至誠の道󠄃を履んだのである。
高宗が傅說󠄁を得、文王が太公望を得たのがまさにそれである。
〔根本通明の解釋〕
《卦辞》
この卦は初六の陰爻が主役で、他の陽爻は賓客のような訳になる。
陰は長じて、次第に陽を侵食していく。
陰爻つまり女の方から、進んで陽爻に遇う所がある。
其処で女を娶るという方へ、この卦を用いてはならない。
[彖伝]
「遇」は多いがけない所で遇うと云う義である。
柔は剛に遇うと云うのは、女の方から進んで男に遇うという義である。
このような女を娶ると、次第に増長して往くから娶ってはならない。
剛中に遇うというのは、九五の剛が九二の賢人に遇う所を云う。
賢人は朝廷へ出ようとする初六を抑え止める。
そのため剛は賢人と相謀って、初六を正しくする。
[象伝]
天の下に風が旋ぐるように、天下に命令を下す。
四方に遍く告げ諭して、能く治め斉(ととの)える。
旧弊を除きはらって政を以て天下を新たにする。
《爻辞》
瓜は初六の小人、𣏌は柳の大木のことで九二の賢人である。
九五の天子が、九二を以て、初六を包んで外に出さない様にする。
瓜は甘く美しいが、毒がある。
小人はいくら除いても、天から降ってくるように、何時となしに出てくる。
[象伝]
九五は中庸の徳を以て、天下を正しくして往く。
天命で小人が降って来ても、九五の名君は志をもって、これを引っ繰り返す。
人智を以て、世の乱れを抑える。
天命だから仕方が無いということはいけない。
人間の力を以て、天命を回(か)えると云うのが易の教えである。