8/14 (金) ䷉ 天澤履(てんたくり) 三爻

‪【運勢】‬

‪手段と目的を間違えてはいけない。‬

‪謙の徳が無いと、物事を素直に捉えられないので、注意が必要である。‬

‪様々な要因によって、危ない状況に陥る可能性があるが、誠実に生きれば大丈夫である。‬

【原文】
《卦辭》
虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨(とほ)る。彖に曰はく、履は柔、剛を履(ふ)む。說󠄁(よろこ)びて乾に應(わう)ず。ここを以て虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨る。剛中正。帝位を履(ふ)みて疚(やま)しからず。光明あるなり。象(しやう)に曰はく、上天下澤は履。君子以て上下を辨(わきま)へ民の志を定む。

《爻辭》
六三。眇(すがめ)能く視󠄃る。跛(ば)能く履む。虎の尾を履む。人を咥(わら)ふ。凶なり。武人大君と爲る。

象に曰はく、眇能く視󠄃るとは、以て明󠄃有りとするに足らざるなり。跛能く履むとは、以て與に行ふに足らざるなり。

人を咥ふ凶は位当たらざればなり。武人大君と爲るとは、志剛なればなり。

【解釋】
〔王弼、東涯の卦辞〕
履は踏むことである。

上卦は人で、下卦は虎とされる。

下卦の虎が口を開いて人に噛みつこうとしている。

人が虎の尾を履んで、大変危うい状況にあるが、機を見るに敏であり助かる。

喜んで天命にしたがう心があれば無事に済む。

〔王弼の爻辞〕
履の時に居る時は、陽が陽に居ても不謙と言われる。

陰が陽に居て、陽の上に乗るなんてもってのほかである。

すがめるものである。

行動すれば跛である。

その様な時に、危険な状況になれば、寅に噛まれる。

志剛健があるが、履むところを確認しない。

武は人をあなどろうとする。

大君と為り、進めば凶を免れない。

志は五爻にある。

頑ななこと甚だしい。

〔伊藤東涯の爻辞〕
眇は片目が小さいこと。

跛は足が不自由なこと。

虎の尾を履み、この爻は履の下卦の一番上に居て、不中不正である。

才がなく志が高い。

成功したいと願っている。

武人が大君と為り、志は强いが凶である。

荒󠄃い武人は先を見通せず、時を得ることが出来ない。

そしてその強さを恣にして、結局敗れてしまうのである。

往々にしてあることである。

剛を履んでことを爲すことは出来ない。

〔根本通明の解釋〕
《卦辞》
下の兌の卦が虎で、虎は大臣の象である。

革命の卦である沢火革では「虎変ず」とある。

虎が乾の卦を履んで行く、つまり大臣が天子に咥ひ付くのである。

天子が咥ひ付かれないようにするには、後ろに巡って虎の尾を履んで行けば良い。

[彖伝]
「履柔履剛也」は、乾が兌の前にある、つまり陰爻の兌=柔が陽爻の乾=剛を履んでいることである。

虎は始めの内は従順であり、佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう、心のよこしまな人)の巧言令色の卦である。

天子の思召し通りに何でも其れを輔け、段々と立身し大臣と為ったが、いよいよ欲が深くなって君を侵す勢いとなり、天子は迂闊にしていると噛まれてしまう。

そこで天子が虎の尾を履めば噛まれることはなく、道が亨るようになる。

上九に「其旋元吉」とあり、上卦が下卦の下に旋(めぐ)って入れ替われば、沢天夬となり、虎の尾を履むことが出来る。

そのため九五に「夬履」と云っている。

沢天夬に「夬、揚于王庭。孚号、有厲」とあるのは、大臣を撃つことである。

これを他の注解は全く書いておらず、下らない解釈ばかりである。

[象伝]
上に天があり、下に沢がある。

沢は至って低い所であり、天地よりも天沢の方が猶低い所である。

二・三・四爻目に離がある。

離には礼儀の象意がある。

そいて天沢の二字を用いて「辨上下」とある。

つまり礼儀として上と下との区別を立てることである。

上下の別を辨じて民の志を定めるのである。

民は沢の如く、君は天の如きものであり、沢が上がって天に為るべき道は無い。

「定民志」は、上を侵すべき道が無いという事が定まっていることである。

《爻辞》
三爻目は虎の口である。

至って剛情で、不正なる者である。

目や足が片方しか無いのは、邪(よこしま)な心の譬えである。

虎は君を犯して、大君となる勢いである。

天子は油断できない。

そこで虎の後ろに旋って、尾を履んで往く。

[象伝]
片目や片方の足では、明らかに見ることは出来ず、人に追いつくことも出来ない。

六三は陰爻を以て陽位にあり、陽を犯す所の象がある。

乱臣賊子の懼れるべき所を示す。

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