6/29(水) ䷳ 艮爲山(ごんゐさん) 五爻二爻

6/29(水) 艮爲山(ごんゐさん) 五爻二爻


【運勢】
努力に見合った結果が出せず、物事に本気で向き合うのが難しい時。
急いては事を仕損ずる。
言葉に責任を持ち一貫した姿勢で臨む事が大切である。
長い目で見て状況を判断し、失敗を最小限に成功を確実にすると良い。


【結果】
䷳◎五⚪︎二
艮爲山(ごんゐさん) 五爻二爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陰][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 老陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[五爻 優先][二爻]


【原文】
《卦辭》
その背に艮(とどま)り、その身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなし。
彖に曰く、艮は止まるなり。時止まるときは則ち止まり、時行くときは、則ち行く。動靜(どうせい)その時を失はず。その道光明なり。その止まるに艮るはその所に止まるなり。上下敵應(てきわう)して相ひ與(くみ)せず。ここを以て、その身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなきなり。
象に曰く、兼󠄄ねたる山は艮。君子以て思ふことその位を出ず。


《爻辭》
[五爻 優先]
六五。其の輔に艮る。言に序有り。悔亡ぶ。
象に曰く、其の輔に艮るとは、中正を以てなり。
[二爻]
六二。其の腓に艮まる。拯(すく)はずして、其れ随ふ。其の心快(こころよ)からず。
象に曰く、拯(すく)はずして、其れ随ふとは、未だ退いて聴かざるなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
艮はとどまる意󠄃である。山である。山が二つ重なるので兼山ともいう。應爻が一つもなく、互いに反発して人の顔をみようとしないので、背中しか見ないのである。どこかに向おうとすることなく、その地位にとどまるだけである。


《爻辭》
[五爻 優先]
止を輔に施し、以て中に處り。故に口、言を澤ぶことなくして、能く其の悔を亡ぼすなり。
[二爻]
隨とは趾を謂ふなり。其の腓に止まる。故に其の趾拯はれざるなり。腓は躁を體して止まるに處り。而して其の隨を拯ふを得ず、又た退き聽きて安靜すること能はず。故に其の心快からざるなり。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
『説卦伝』にあるように、艮は止まるのが宜しい。しかし止まると云っても、進むべき時に止まっては弊害が生じるので、注意しなければならない。艮は人の身体でいえば背中に相当する。動くものは前にあり、背中は動かないからである。また欲は前の方から起こり、背中には欲が生じない。かつ世の中は欲の世界だが、背を向けていれば無欲でいられる。無欲であれば、我が身は無いのと同じである。我が身が無ければ、世間から訪ねて来る人もいない。荘子も「斉物論」で同様のことを言っている。人と交わらずに一人道を楽しんで居れば、何所からも咎を受けることはないのである。
[彖傳]
艮は止まるとある。三爻目、四爻目、五爻目に震の卦があるが、これは進み行くことを意味する。止まる方にばかり偏ってはいけない。また艮の卦には時の象があるが、これは止まるべき所に於いて止まるという意味である。動と静の双方を含んでいることになる。つまり自身に相応(ふさわ)しい所で止まり、行けば良い時になれば動いていくのである。初爻目と四爻目は陰爻同士、また二爻目と五爻目も陰爻同士、そして三爻目と上爻も陽爻同士であるから、いずれも相応じず親しまない。よって「其ノ身ヲ獲」ない。我が身に欲が無く、世間に望みを持たず、室から庭に出て行っても訪問者も見えず、従って咎を受けることもないのである。
[象傳]
「兼山ハ艮」とある。山が二つ重なっており、対立しているから、互いに動いて交わることがない。君子は自分の居所から外へ出ず、我が身を守っているので、外への考えが及ばないのである。
《爻辭》
[五爻 優先][二爻]

6/28(火) ䷵ 雷澤歸妹(らいたくきまい) 五爻四爻

6/28(火) 雷澤歸妹(らいたくきまい) 五爻四爻


【運勢】
何事も楽な道などない。
物の順序を無視して、不正な道を歩めば、最悪の結果を招くだろう。
大きな間違いを犯す前に、自らの行いを省みる事が大切である。
やるべき事を堅実に進め、好機が来るのを待つと良い。


【結果】
䷵◎五⚪︎四
雷澤歸妹(らいたくきまい) 五爻四爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 老陰][四爻 老陽]
[三爻 少陰][二爻 少陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[五爻 優先][四爻]


【原文】
《卦辭》
婦妹は征けば凶。利(よろ)しき攸(ところ)なし。
彖に曰く、歸妹は天地の大義なり。天地交はらざれば萬物興らず。歸妹は人の終始なり。說󠄁(よろこ)びて以て動く。妹を歸く所󠄃なり。征けば凶とは位に当たらざるなり。利しき攸なしとは、柔、剛に乘ずればなり。
象に曰く、澤上に雷有るは歸妹。君子以て終を永くし敝(へい)を知る。


《爻辭》
[五爻 優先]
六五。帝乙妹を歸く。其の君の袂は、其の娣の袂の良きに如かず。月望に幾し。吉。
象に曰く、帝乙妹を歸く、其の娣の袂の良きに如かずとは、其の位中に在り、貴を以て行くなり。
[四爻]
九四。妹を歸くに期を愆る、遲く歸けば時有り。
象に曰く、期を愆るの志は、待つこと有りて行くなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
妹は少女のことである。兌は小陰で、震は長陽である。小陰が長陽を承けるので、よろこんで動く。妹を嫁がせる象である。陰陽が既に合って長と少が交わった。天地の大義、人倫の終始と言える。少女を長男に嫁がせる。少女は嬉しくない。不正を犯し、それを喜んで動くのは邪道である。終には敝を知る。


《爻辭》
[五爻 優先]
歸妹の中にして、獨り貴き位に處り。故に之を帝乙妹を歸くと謂ふなり。袂は衣の袖にして、以て禮容を爲す者なり。其の君の袂とは、帝乙の寵する所を謂ふなり。卽ち五なり。帝乙の崇飾する所と爲る。故に之を其の君の袂と謂ふなり。配は九二に在り。兌は少にして震は長たり、長たるを以て少に從ふ。少たるを以て長に從ふの美を爲すに若かざるなり。故に其の娣の袂の良きに若かずと曰ふなり。位中に在りて、貴を以て行く。極陰の盛んなるなり。斯を以て配に適けば、少たるに若かずと雖も、往けばまた必ず合す。故に月望に幾し、吉と曰ふなり。
[四爻]
夫、不正應ずるなきを以て。人に適うなり。必ずすべからく彼道窮盡すべし。與に交はる所なし。然後すなはち以て往くべし。故に期を愆り遲て歸く。以て時を待つなり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
婦人のことを嫁とも歸ともいう。兌は少女、震は長男である。これは婦人が嫁ぐ時に礼を失している。二爻から五爻まで位を得ていない。三爻と五爻の陰爻が陽の上に居る。これは陰として正しくない。夫が先に声をかけて、それに妻は随うのである。これは天地の大義である。父母の命、媒酌の言を待ち、礼を尽くす。その後にそれぞれがその道を尽くして家道󠄃がなる。正しい道に由らないと、その夫婦は礼儀を乱し、制御できなくなる。


《爻辭》
[五爻 優先]
[四爻]
愆は過ちなり。此爻歸妹に存て、陽剛を以て上體に在り。下、相應せず。此女子の賢行有りて妄(みだり)に人に嫁がざる者なり。故に其の歸すること期を過ぐ。人を擇(えらび)て適ふ。故に云く、妹歸、期を愆つ。遲れて歸ぐ時有り。蓋し女子の嫁ぐや、猶ほ士の仕ふるがごときなり。其の君に非ざれば事(つか)へず。何ぞ歸つの遲るるを怨みんや。其の人に非ざれば適はず。何ぞ歸するの遲るるを憂へんや。待つ有りて然り、售(もちゐ)られざるに非ざるなり。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
上卦は震で長男、下卦は兌で少女である。兄たる六五の天子は、六三の我が妹を以て、諸侯に嫁がせる。兌は巧言令色で、男子を玩ぶ象がある。しかし婚姻は必ず男子の方から求めるべきものだから、女子の方から征くのは凶である。
[彖傳]
夫婦の道は、天地陰陽の道である。陰陽が正しく交わって、萬物が生じる。天地の大義は、人の大倫である。孟子も、男女室に拠るは、人の大倫と云う。兌は說び、震は動く。これは妹が帰ぐ所の義にあたる。三爻目の陰が、一・二爻目の陽の上に乗っており、柔が剛を凌ぐ所がある。これは戒めなければならず、この女が征けば凶である。
[象傳]
澤上に雷がある。雷が動けば、澤も随って動く。これは男子が動いて事を行い、女子がこれに応じる象である。婚姻を終生の永いものとするには、後々弊害が出ないように能く対策し、始めを慎まなければならない。
《爻辭》
[五爻 優先][四爻]

6/27(月) ䷺ 風水渙(ふうすいかん)→䷔ 火雷噬嗑(からいぜいごう)

6/27(月) 風水渙(ふうすいかん)→ 火雷噬嗑(からいぜいごう)


【運勢】
物事を整理し、無駄を省くのに良い時。
過去のしがらみを断つ事で、新たな道が生まれる。
問題から目を背けてはいけない。
傲慢さが極まると、素直に過ちを改める事が出来なくなってしまう。


【結果】

本卦:風水渙(ふうすいかん)
之卦:火雷噬嗑(からいぜいごう)
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陽][四爻 老陰]
[三爻 少陰][二爻 老陽][初爻 老陰]
《爻辭》
[五爻][四爻][二爻][初爻]


【原文】
《本卦:
風水渙》
渙は、亨る。王有廟に假(いた)る。大川を涉るに利(よろ)し。貞に利(よろ)し。
彖に曰く、渙は亨(とほ)る。剛來(きた)りて窮(きはまら)ず。柔、位を外に得て上同す。「王有廟に假(いた)る」とは、王乃ち中に在るなり。「大川を涉るに利(よろ)し」とは、木に乘じて功有るなり。
象に曰く、風、水上を行くは渙。先王以て帝に亨して廟を立つ。


《之卦:
火雷噬嗑》
噬嗑は亨(とほ)る。獄を用うるによろし。
彖に曰く、頤(おとがひ)の中に物有るを噬嗑といふ。噬(か)み嗑(あは)して亨る。剛柔分かれ、動いて明󠄃なり。雷電合して章なり。柔、中を得て、上行す。位に當たらざると雖も、獄を用うるに利しなり。
象に曰く、雷電は噬嗑。先王以て罰を明󠄃らかにし、法を勅ふ。


【解釋】
《本卦:
風水渙》
〔王弼、東涯の解釋〕
渙とは散ること、問題が解決することである。王が散らばっている民心をまとめて、混乱を収拾し、宗廟(そうびょう)に先祖を祭り、天下を統一したことを表す。
は木であり、水の上に木があるから、舟が水に浮いている様を表すので、大きな川を渡るによいというのである。つまり大きな難題を解決できるのである。その時、常に正しさを守るべきである。


〔根本通明の解釋〕
渙は四方の水が散じて往く所の義である。下卦の坎は季節では冬、方位では北にあたり、水は冰(こお)る。氷は陰の固まりである。二・三・四爻目は震の卦で、春の真ん中(旧暦二月)であり、その時期には雷が鳴り氷が砕ける。『詩経』には、妻を娶るなら氷の泮(と)けないうちに娶れとある。妻を娶るのは陰を迎えることだからである。よって氷の融けた後には妻を迎えない。これは古からの礼である。氷が砕けて泮けるのは、渙の字と同じ義である。普通、陽は正しい方に取り、陰は悪い方に取るが、渙は悪い物を融かし砕いて正しい所にする。小人の悪い物が摧(くじ)けて無くなり、道徳の方が亨る所となる。
[彖傳]
剛は二爻目の陽爻である。坎=水であり、能く流れて何処までも達する所があるので「不窮」という。「柔」は四爻目の陰爻であり、これが巽の主爻である。有廟を假にするとは、廟を大いに盛んにすることである。天下の人は東西南北から集まり祭りを助ける。
[象傳]
風が水上を吹くのは、ちょうど二月である。氷が融けようとする時に風が吹き、氷は皆砕けて消えてしまう。これは天下の難が解ける所の象である。そこで先王は天を祭り、廟を立て、天下の諸侯皆集まって会するのである。


《之卦:
火雷噬嗑》
〔王弼の解釋〕
噬はかむこと。嗑は合わせることである。物は親しくなかったら、間を開けるものである。物が整わず、過ちがある。噛み砕いて合わせると通ずる。噛まなければ通じない。刑に服して改心するのは獄の利である。剛柔は分かれて動けば乱れず、明らかである。雷電が合わされば明るい。獄に用いるべきである。五爻が主爻である。五爻は位に当たっていないが、獄に用いるのに良い。


〔東涯の解釋〕
噬嗑は嚙合わせることである。物が口の中に入っている。これを嚙合わせるのである。上下に二陽があるが、これが口である。四爻の陽爻が口の中のものである。内卦は動いて外卦は明󠄃るい。この卦は賁から来ており、賁の二爻が上に昇って五爻に来ている。位に当たっていないが、君位に居て柔順の德と勢いを失っていない。刑罰を執行するによい。剛と柔が卦の中を得ており、偏りがない。


〔根本通明の解釋〕
噬は噛む、嗑は合わせるである。口の中に物が一つある。頤は上に動いて物をかむ。上のあごは動かないものである。飲食をする卦である。堅いものが四爻に一つある。骨である。また、上と下とを通わせない悪人である。悪人を取り締まるのが刑獄である。刑獄を用いるによいというのは、そういうことである。雷、火は造物者󠄃が天地の間の惡を砕くためにある。
[彖傳]
上は火で下は雷。火は陰で雷は陽である。雷は動く。すると火が起こり、明るくなって、悪人がよく見えるようになる。五爻は陰爻であり、位に当たっていないが、刑獄にはよい。なぜなら、陽であったなら強すぎて苛烈な刑罰を下す。それよりは陰の方が良い。
[象傳]
朱子学者は雷電を電雷にした方が良いという。上が火で、これが電、下が雷というのである。しかし其れは良くない。文字に拘泥して道理に背いている。この電は雷に発したものであるから、雷電で良いのである。三四五爻に
がある。是を法律とする。世の中に悪人は絶えないものであるから、刑獄の必要性はなくならないのである。

6/26(日) ䷰ 澤火革(たくかかく)→䷕ 山火賁(さんかひ)

6/26(日) 澤火革(たくかかく)→ 山火賁(さんかひ)


【運勢】
物事を根本から改め、己の価値を高めるのに良い時。
思い切って行動すると良い。
悪い習慣を取り除き、良い習慣を積極的に取り入れる事が大切である。
外面ばかり気にして内実が伴わない様ではいけない。


【結果】

本卦:澤火革(たくかかく)
之卦:山火賁(さんかひ)
《卦辭》
[上爻 老陰][五爻 老陽][四爻 老陽]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 少陽]
《爻辭》
[上爻][五爻][四爻]


【原文】
《本卦:
澤火革》
革は已る日乃ち孚あり。元いに亨る。貞に利し。悔い亡ぶ。
彖に曰く、革は水火相ひ息し。二女同居して、其の志相得ざるを革と曰ふ。已る日にして乃ち孚あり。革めて之れを信にす。文明にして以て說󠄁(よろこ)ぶ。大いに亨るに正を以てす。革(あらた)めて當る。其の悔い乃ち亡ぶ。天地革りて四時成る。湯武革命。天に順ひて人に應ず。革の時大なるかな。
象に曰く、澤中に火有るは革。君子以て歷を治めて時を明󠄃にす。


《之卦:
山火賁》
賁は、亨る。小しく往く攸有るに利し。
彖に曰く、賁は亨る。柔來たりて剛を文る。故に亨る。剛を分かちて上りて柔を文る。故に小しく往く攸有るに利し。天文なり。文明にして以て止まるは、人文なり。天文を觀て以て時變を察し、人文を觀て以て天下を化成す。
象に曰く、山の下に火有るは、賁なり。君子以て庶政を明らかにし、敢へて獄を折むることなし。


【解釋】
《本卦:
澤火革》
〔王弼の解釋〕
民は常識を学ぶことを共にすることが可能であるが、変動に共に適応していくことは難しい。共に成功を喜ぶことは出来るが、共に事業を始めることを考えるのは難しい。だから革の道は、即日は誠なく、日が終わる時には誠がある。誠があって元亨利貞で悔いが滅ぶのである。日が終わるころに誠が無ければ革に当たらない。後悔が生じるのである。変動を生じるものである。革めて其の悔いに当たれば、悔いを無くせる。不合に變が生じ、変が生じるところに不合が生じる。だから不合は革である。息とは變を生じることである。火は上に昇ろうとし、澤は下に降りようとする。水と火が戦い、その後に變が生じる。二女が同居している。水と火が近くにあって互いに適合しない。革めるところとなり信があれば、文明の喜びである。正しいことを履み行う。そして改める。天に應じ民に遵う。大成功する正しいものである。革めて大成功する。必ず正しさを失ってはいけない。


〔東涯の解釋〕
革は変革である。已日は事を終える日のことである。澤は水である。火と水が互いに消しあっている。中女が下に居て、少女が上に居る。同居して志を一緒にしない。変革の兆候である。内は明るく外は喜びである。智があってよく和す。其れで革のはじめに居て、疑いを免れないが、最後まで達成できる。よく互いを信じることが出來、妨害や滞りがない。その正しさを失わない。革めて当を得ている。悔いは亡くなろう。非常の初めに在り、革の初めである。人々は旧習に安んじ、疑いや讒謗が生じる。非常の事をして、人心を察せず、軽挙妄動してはいけない。初めは疑われるが最後には信を得て悔いはなくなる。


〔根本通明の解釋〕
己は十干の土の弟で、五行の半ばを過ぎた所である。其所で、最早革命を行わなければならない勢いになって居る。また己は五行に於いて、仁義礼智信の信に当たる。即ち己日は、天下の人の信用が出て来た所でもある。其所で後悔も亡びる。
[彖傳]
革は水と火の卦で、互いに相害する所である。此の卦は丁度、水火既済の相和する所と反対である。同じ家に女が二人一所に居る。兌は何処迄も下へ下がり、離は何処迄も上に上る。其所で互いに衝突する。革命は殷の湯武に始まる。之は止むを得ずして行ったものであるが、併し逆賊と云うのが正しい所である。天下一同の求める所に従うのが、人に応じる所である。併し革命に当たっては、真に大いなる目的を以て行うべきである。
[象傳]
沢の中に火が有り、火気の動く所に依って色々なものが変わって来る。火の字には、物の変化する所の義がある。君子は暦を第一に治め、春夏秋冬の時を間違わない様にしなければいけない。


《之卦:
山火賁》
〔王弼の解釋〕
剛柔分かたざれば、文何に由りてか生ず。故に坤の上六、來たりて二の位に居る。柔來たりて剛を文るの義なり。柔來たりて剛を文り、位に居りて中を得。是を以て亨る。乾の九二、分かちて上位に居る。剛を分かちて上りて柔を文るの義なり。剛上りて柔を文り、中の位を得ず、柔來たりて剛を文るの若くならず。故に小しく往く攸有るに利し。

6/25(土) ䷈ 風天小畜(ふうてんしょうちく) 上爻三爻

6/25(土) 風天小畜(ふうてんしょうちく) 上爻三爻


【運勢】
成果の出ない時は、焦らず心を落ち着かせる事が大切である。
問題は一人で解決しようせず、周りと協力関係を築き一丸となって進めると良い。
正道を守る事は大切だが、結果として不和を生む様ではいけない。


【結果】
䷈◎上⚪︎三
風天小畜(ふうてんしょうちく) 上爻三爻
《卦辭》
[上爻 老陽][五爻 少陽][四爻 少陰]
[三爻 老陽][二爻 少陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[上爻 優先][三爻]


【原文】
《卦辭》
小畜は亨る。密雲雨ふらず。我が西郊よりす。
彖に曰く、小畜は柔、位を得て、上下之に應ずるを小畜といふ。健にして巽。剛中にして志行はる。乃(すなは)ち亨(とほ)る。密雲雨ふらずとは、往くを尚ぶなり。我、西郊よりすとは、施、行はれざるなり。
象に曰く、風天上を行くは小畜。君子以て文德を懿(よ)くす。


《爻辭》
[上爻 優先]
上九。旣に雨ふり旣に處る。徳を尚びて載つ。婦貞なれども厲し。月望に幾し。君子征くときは凶なり。
象に曰く、旣に雨り旣に處るとは、德積載するなり。君子征くときは凶とは、疑はるる所有るなり。
[三爻]
九三。輿(くるま)輻を說(と)く。夫妻目を反す。
象に曰く、夫妻目を反すとは、室を正すこと能(あた)はざるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
大を養い、健をとどめることが出来ない。強い志があれば、うまく行く。四爻が主爻である。二陰四爻は陰に陰でおり、初爻と応じている。三爻は乗り越えることが出来ない。小畜の勢いは密雲を作るに足る。しかし雨を降らすには至らない。陽の上の陰が薄く、今初爻の復道󠄃を抑えることが出来ない。下の方は往くを尊び、上爻だけが三爻の路を固めることが出来る。もし四爻五爻も上爻のように善畜であったなら、よく雨をふらせる。旣に設けられているが、行われない状態である。彖傳は卦全体を言い、象傳は四爻に特化して説明する。


《爻辭》
[上爻 優先]
小畜の極に處り、能く畜まる者なり。陽亨るを獲ず。故に旣に雨ふるなり。剛侵すこと能はず。故に旣に處るなり。巽を體して上に處り、剛敢へて犯さず、德を尚ぶ者なり。陰の長ずるを爲すや、能く剛健を畜む、徳積み載する者なり。婦其の夫を制し、臣其の君を制す。貞と雖も危ふきに近し。故に婦貞なれども厲しと曰ふなり。陰の盛を盈つるや、此より盛なるはなし。故に月望に幾しと曰ふなり。滿ちて又た進めば、必ず其の道を失ふ。陰、陽に疑はれ、必ず戰ひ伐た見る。君子に復ると雖も、以て征けば必ず凶。故に君子征けば凶と曰ふ。
[三爻]
上、畜の盛と爲りて、以て牽きて征くべからず。斯を以て進む。故に必ず輻を説くなり。已に陽の極爲り。上は、陰の長ずるを爲し、陰を畜ひて長ず。自ら復る能はず。方に之れ夫妻反目するの義なり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
畜はとどめる、制止の意󠄃である。一陰が四爻に在り、五爻はこれに従っている。陽は大であり、陰は小である。二爻五爻は剛であり、中を得る。君子が君を得ることを表すので、うまく行くという。二三四爻に
澤がある。岐周󠄃より西で陰陽が交わり雨を降らそうとするが、陽気がまだ盛んであり、まだ降らない。剛のものが害をなせば柔のものが救う。陽が陰をとどめることが出来ていない。文德は礼樂教化をいう。
《爻辭》
[上爻 優先][三爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
畜は育成するの意󠄃味である。育ててよいものにしていくことである。小は陰、大は陽である。又止めるの意󠄃味がある。君が悪い方に行くのをとどめ、良い方に導くことである。小は臣であり、君に対するものである。君を諫めるのは難しい。君を徹底して批判するのは正しくない。至誠を以て諫めるのが良い。密雲というのは細かな雲が集まって大きくなることを言う。それは二三四爻の
澤をさす。雲は陰である。陰が集まっているが陽が作用しないと雨は降らない。上卦の風が雲を吹き払ってしまい、雨が降らない。兌は西である。東は陽、西は陰である。西の方に雲ができる。臣下(陰)が天下をよくしようと志す。しかし君主(陽)がそれに応じない。
[彖傳]
四爻が主爻である。これは人に譬えるなら周󠄃公旦であり、その徳を慕って人々が集まってくる。下卦は
であるから意志が強い。意志が強いが謙遜を忘れていない。下のものが天下をよくしようとどこまでも志すが、君主がそれに応じてくれない。それでも下のものはどこまでも誠を尽くして君に訴える。どこまでも諦めないのである。そして上爻に達すると雨が降る。君主に至誠が通じたのである。
そして、恩沢があるが、まだその時でない。
[象傳]
風が天の上をふいて雲が散じたり集まったりして、いろいろな模様ができる。
《爻辭》
[上爻 優先][三爻]

6/24(金) ䷏ 雷地豫(らいちよ) 上爻四爻

6/24(金) 雷地豫(らいちよ) 上爻四爻


【運勢】
減り張りのある生活が大切である。
緩慢さが過ぎると、やるべき事にも力が入らず、取り返しのつかない結果を生んでしまう。
心を入れ替え、志を同じくする仲間と協力して慎重に進めて行けば、何事も上手く行くだろう。


【結果】
䷏◎上⚪︎四
雷地豫(らいちよ) 上爻四爻
《卦辭》
[上爻 老陰][五爻 少陰][四爻 老陽]
[三爻 少陰][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[上爻 優先][四爻]


【原文】
《卦辭》
豫は侯を建て師を行るによろし。
彖に曰く、豫は剛應ぜられて、志行はる。順以て動くは豫。豫は順にして以て動く。故に天地も之の如し。而るを況んや侯を建て師を行るをや。天地順を以て動く。故に日月過(あやま)らずして、四時忒(たが)はず。聖人順を以て動く。則ち刑罰清くして民服す。豫の時義大なるかな。
象に曰く、雷地を出でて、奮ふは豫。先王以て樂を作り、德を崇(たうと)び、之を上帝に殷薦して、以て祖󠄃考を配す。


《爻辭》
[上爻 優先]
上六。冥豫す。成るも渝ることあり。咎めなし。
象に曰く、冥豫上に在り。何ぞ長かるべきや。
[四爻]
九四。由豫す。大いに得ること有り。疑ふこと勿(なか)れ。朋盍簪す。
象に曰く、由豫す。大いに得ること有りとは、志大いに行はるゝなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
豫はあらかじめすることや、楽しいことを意味する。四爻のみが陽爻で、その周りを陰爻が囲んで仲良くしている。上卦は諸侯を表し、下卦は村を表すので、兵を率いる時である。統率するには、下の者が楽しみ喜んで馳せ参じる状況でなければならない。そして、順調に行動すれば、罰を与えることも少なくて、民はよく治まるのである。


《爻辭》
[上爻 優先]
上爻は過剰に楽しみがあるので、人々の締まりがなくなってしまった状態である。早く頭を切り替えるべきである。
[四爻]
“王弼”
豫の時に居て、動きの始めに居る。一つだけの陽爻である。澤山の他の陰が従う。ものが信でなければ疑いが生じる。だから疑うことが無くなったら、朋が集まってくる。
“東涯”
由豫は己によって豫であるということである。友人が集まってくると解釋される。豫にあって、一つの陽であり澤山の陰の主である。だから、君の傍に居ても、陰陽相求め、其の志は上に行く。陽剛の才で、中陰の王に仕え、衆を下に得る。危うく疑われやすい地位である。だが其の志は名誉や権利にない。これは周󠄃公が民の流言を恐れた所以である。至誠であれば最後は良くなる。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
豫は象の中の最も大きなものをいう。豫は舒(ゆる)やかという意味の舒、叙、序と同じで、物を急がず順序を踐(ふ)んで往く。そこで必ず成功することから、悦び楽しむという義がある。一方で、豫(あらかじ)めという義があるのは、十年も後の事を考えて今日から行動して往き、早計であることによる。上卦の雷が下卦の地の上に出た象で、萬物が盛んになっていく。天下が治まり安楽になるには、侯を建てるのが良い。
[彖傳]
四爻目は剛で震の主爻であり、天子である。また長子でもあり、大臣にもなる。この四爻目の剛に天下悉く応じる。震は行くの義で、豫は順を以て動くの義であるから、天道天理に順って動いて行き、必ず悦びを得る所となる。日月の運行、春夏秋冬の巡りに間違う所は無い。三・四・五爻目の坎は法律の義がある。法は備わっているが、用いずに民は服す所となる。国家安楽であり、学問道徳を正しくする所があるから、義は大いなるかな、と言う。
[象傳]
豫は萬物皆悦ぶという義である。この象を用いて作ったのは音楽である。歌は最も古く、道徳功労を詩にして、詩を謡って天に誥(つ)げる。そうしてその人の徳は愈々高く尊くなるのである。殷薦というのは、有るだけの音楽を悉く奏することである。黄帝、堯、舜、夏、殷、周を六代の楽という。上帝を本にして祖考を合わせて祭り、音楽を殷(さか)んに奏す。


《爻辭》
[上爻 優先]
無し
[四爻]
天下は悉く九四の大臣を用い、その徳に由(よ)って天下は安楽となる。権力が甚だしければ、周公旦の様に流言の禍を受ける様にもなるが、この場合は天下の朋友が自然と九四の徳に集まってきたのだから、疑うことは無い。「朋」の字は他の陰爻のことで、これが残らず九四の元に集まって来る。「盍」の字は合うという字で、「戠」の字は集まると云う義である。一本の簪(かんざし)が多くの髪の毛を括るように、九四は天下の人民を集める。
[象傳]
無し

6/23(木) ䷳ 艮爲山(ごんゐさん) 上爻

6/23(木) 艮爲山(ごんゐさん) 上爻


【運勢】
努力に見合った結果が出せず、物事に本気で向き合うのが難しい時。
心にゆとりを持つと良い。
一度始めた事を、無責任に投げ出してはいけない。
無理に周りに合わせようとせず、出来る範囲で地道に進める事が大切である。


【結果】
䷳◎
艮爲山(ごんゐさん) 上爻
《卦辭》
[上爻 老陽][五爻 少陰][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[上爻]


【原文】
《卦辭》
その背に艮(とどま)り、その身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなし。
彖に曰く、艮は止まるなり。時止まるときは則ち止まり、時行くときは、則ち行く。動靜(どうせい)その時を失はず。その道光明なり。その止まるに艮るはその所に止まるなり。上下敵應(てきわう)して相ひ與(くみ)せず。ここを以て、その身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎めなきなり。
象に曰く、兼󠄄ねたる山は艮。君子以て思ふことその位を出ず。


《爻辭》
上九。艮るに敦し、吉。
象に曰く、艮るに敦きの吉は、終を厚うするなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
艮はとどまる意󠄃である。山である。山が二つ重なるので兼山ともいう。應爻が一つもなく、互いに反発して人の顔をみようとしないので、背中しか見ないのである。どこかに向おうとすることなく、その地位にとどまるだけである。


《爻辭》
止の極に居り、止を極む者なり。敦く重にして上に在り、陷らずして、妄に非ず。宜しく其れ吉なるべきなり。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
『説卦伝』にあるように、艮は止まるのが宜しい。しかし止まると云っても、進むべき時に止まっては弊害が生じるので、注意しなければならない。艮は人の身体でいえば背中に相当する。動くものは前にあり、背中は動かないからである。また欲は前の方から起こり、背中には欲が生じない。かつ世の中は欲の世界だが、背を向けていれば無欲でいられる。無欲であれば、我が身は無いのと同じである。我が身が無ければ、世間から訪ねて来る人もいない。荘子も「斉物論」で同様のことを言っている。人と交わらずに一人道を楽しんで居れば、何所からも咎を受けることはないのである。
[彖傳]
艮は止まるとある。三爻目、四爻目、五爻目に震の卦があるが、これは進み行くことを意味する。止まる方にばかり偏ってはいけない。また艮の卦には時の象があるが、これは止まるべき所に於いて止まるという意味である。動と静の双方を含んでいることになる。つまり自身に相応(ふさわ)しい所で止まり、行けば良い時になれば動いていくのである。初爻目と四爻目は陰爻同士、また二爻目と五爻目も陰爻同士、そして三爻目と上爻も陽爻同士であるから、いずれも相応じず親しまない。よって「其ノ身ヲ獲」ない。我が身に欲が無く、世間に望みを持たず、室から庭に出て行っても訪問者も見えず、従って咎を受けることもないのである。
[象傳]
「兼山ハ艮」とある。山が二つ重なっており、対立しているから、互いに動いて交わることがない。君子は自分の居所から外へ出ず、我が身を守っているので、外への考えが及ばないのである。
《爻辭》

6/22(水) ䷣ 地火明󠄃夷(ちかめいい) 変爻無し

6/22(水) 地火明󠄃夷(ちかめいい) 変爻無し


【運勢】‬
問題を自力で解決するのが困難な時。
急いては事を仕損ずる。今は冷静に機会を待つと良い。
周りと協調する事は大切だが、主体性を失ってはいけない。
辛い時にも芯を曲げず、正道を守り続ける事が大切である。


【結果】

地火明󠄃夷(ちかめいい) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陰][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 少陽]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
《卦辭》
明󠄃夷は艱貞によろし。
彖に曰く、明󠄃、地中に入るは明󠄃夷。内文明にして外柔順。以て大難を蒙る。文王これを以てす。「艱貞によろし」とは、その明󠄃を晦すなり。内艱にして能くその志を正す。箕子之を以てす。
象に曰く、明󠄃地中に入るは明󠄃夷なり。君子以て衆に莅(のぞ)みて晦を用ゐて明󠄃なり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
衆に莅むは顯明にして、百姓を蔽ひ僞る者なり。故に蒙を以て正を養ひ、明夷を以て衆に莅む。明を内に藏めれば、乃ち明を得るなり。明を外に顯かにすれば、乃ち辟くる所なり。


〔東涯の解釋〕
明󠄃夷は目をくらますことである。心の中では聡明で大きな徳を有しているが、外面は柔順である人、例えば文王のような人である。箕子は紂の親戚で國内にいたが、難󠄄に会い、内に志を正した。


〔根本通明の解釋〕
明らかなるものが傷ついて夷(や)ぶる。内卦の離は明らかなるもので、外卦の坤は欲である。前の卦の火地晋の明徳が欲のために夷ぶれ亡びようとする所の卦である。
[彖傳]
明らかなるものは地の底に這入って悉く失われる。明徳を身に懐いていながら、その明徳を外に現さずに巽順にして能く仕えている。その結果、柔順なる聖人は大難を蒙る。ちょうど文王と殷の紂王の無道なる時に該当する。
[象傳]
明らかなるものが地の中に這って真っ暗に為った所が明夷である。君子は万民の上に立って晦を用いる。天子は余り世間の事を細かい所まで見るようではいけない。

6/21(火) ䷀ 乾爲天(けんゐてん) 五爻

6/21(火) 乾爲天(けんゐてん) 五爻


【運勢】
大事を行うのに良い時。
失敗を恐れず、志を同じくする仲間と協力し、好機を最大限に活かすと良い。
極端な選択は後悔の元となる。白黒付けるのではなく、周りの意見に耳を傾け、柔軟に答えを導き出す事が大切である。


【結果】
䷀◎
乾爲天(けんゐてん) 五爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陽][四爻 少陽]
[三爻 少陽][二爻 少陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[五爻]


【原文】
《卦辭》
乾は元いに亨る、貞に利し。
彖に曰く、大なるかな乾の元は、萬物資りて始まる、乃ち天を統ぶ。雲行き雨施し、品物形を流く。大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六龍に乗じて以て天を御す。乾道變化して、各おの性命を正し、大和を保合して、乃ち貞に利ろし。庶物に首出して、咸(あまね)く寧(やす)し。
象に曰く、天行は健なり。君子以て自ら彊めて息まず。


《爻辭》
九五。飛龍天に在り。大人を見るに利し。
九五に曰く、飛龍天に在り、大人を見るに利しとは、何の謂ぞかり。子曰く、同聲相應じ、同氣相求む。水は濕に流れ、火は燥に就く。雲は龍に從ひ、風は虎に從ふ。聖人作りて萬物覩る。天に本づく者は上に親しみ、地に本づく者は下に親しむ。則ち各其の類に從へばなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》


《爻辭》
行かず躍らずして天に在り。飛ぶに非ざれば如何。故に飛龍と曰ふなり。龍德天に在れば、則ち大人の路亨るなり。夫れ位は德を以て興り、德は位を以て敍す。至德を以てして盛位に處り、萬物これ覩るなり。亦た宜しからずや。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
代義易を作られた其初めは元三畫の卦乃ち乾坤震巽坎離艮兌の八卦之を小成の卦と云ふ。其小成の卦を二つ重ねた所で六畫になる之を大成の卦と云ふ、乃ち此乾の卦は以下六十四卦皆伏義之を名けたる所の大成の卦である。乾此卦が天である。設卦に乾天爲りとある、天は元亨利貞の四徳を以て萬物を生じ之れを養ふて之を成す、成して復始むる。天の徳と云ふ者は宏大なるものである。其宏大なる徳と指すものは何であるとなれば萬物を生ずる所、是れが天の徳である。生じた上には其物を成す、萬物此天の氣に因て始まって來る其れより段々萬物が出る。始まつて出る所が元である。元は始と云ふ字で物の始まる所を元と云ふ。又此元の字が大ひなると訓む。此天の元氣と云ふ物は世界中一杯に周つて居るから是れ程大ひなるものが無い。又萬物此元の氣を禀けて始まつて是も大なるに至る。暢ひて段々大きくなる。其れが爲めに此元の字が始まりとも訓み、大なるとも訓み、又首とも訓む。凡そ世の中に此天の元の徳より尊きものが無い。萬物の首らになつて居るから又首と云ふ義もある。其元を禀けて生じた萬物が段々と暢びる。暢びる丈暢びて、往くべき所迄往きて、達する所があるから之を享と云ふ。享は暢びて通ずるの義がある。利と云ふが宜しきを得るを利と云ふ。宜しきを得るとなれば、萬物暢びて宜しきを得る。中にも長短がある。長くなつて宜しきものは長くなり、短ふして其れ丈けで宜しきものは短かき所に止まる、細き物もあり太き物もあり、細くなるべき物は細くなつて宜しきを得る、太くなるべきものは太くなつて宜しきを得る、此は皆利である。又貞と云ふ事は總て萬物なる者は其物丈けに確りと出来るが正しいのである。正しく出来た上には固まつて動か無い、此れが貞。貞は正しうして固しとふ義である。其所で元は春になる。春は出づると云ふ義である、春者出也と云ふて動いて出づると云ふ義である。其所で萬物、春で始まつて出て往つて其れから暢びる。亨は夏になる、夏に至つて萬物十分に暢びて大きくなる。此夏と云ふ字が夏者假也で大ひなると云ふ字である。秋と云ふ字が秋者收也就也で暢びた萬物が陰氣を以て之を引斂めて來るが收むるである。引斂むる所で物就つて宜しきを得る。利は秋。貞は冬者藏也。冬になれば、先づ其性の儘に凝つて固まる、固まつて翌年、相續して發生する迄之を蓄藏する。五毅の類が米でも豆でも皆出來て、味ひの甘い物は甘く出來、辛く出來るべき物は辛く出來る、苦く出來るべき物は苦く出來る、又酸く出來る物は酸つばい。是れが皆正しい。甘く出來る物が辛くなつては是れは正しく無い。又甘いでも酸つぱいでも無い様な物でも可けない。總て天地の間に生ずる物は皆五味の性を含んで居る。五味と云へば酸い所、苦い所、甘い所、辛い所、䶢い所、其れを皆蓄へて居る。
是れは皆陰陽五行の氣を受けて居るものであるから必ず此五つの味がある。其の五つの味は、物に依て萬物に至る迄、各々其性分が異つて居る。其性分丈けの所確かりと其通に成れば、正しい其儘に凝つて固まるが貞である。
《爻辭》

6/20(月) ䷄ 水天需(すいてんじゆ) 変爻無し

6/20(月) 水天需(すいてんじゆ) 変爻無し


【運勢】
着飾らず寡黙に努力するのが良い時。
自然の巡りは悠久の中で不変であり、時が過ぎれば必ず雨が降る。
何事も中正を守り進めれば、自然と成就する。
今は冷静に時期を待ち、危険や困難に遭わぬよう注意すると良い。


【結果】

水天需(すいてんじゆ) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陽][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 少陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
需孚有り。光に亨る。貞にして吉。大川を渉るに利し。彖に曰く、需は須なり。險前󠄃に在るなり。剛健にして陥らず。其の義、困窮せず。需は孚有り。光に亨る。貞吉とは、天位に位して以て中正なるなり。大川を渉るに利しとは、往きて功有るなり。象に曰く、雲、天に上るは需。君子以て飲食宴樂す。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
天位に居るとは五爻のことである。中正。そして物を待つ。之が需道である。乾德で進めば亨る。童蒙は旣に德を持つ。


〔東涯の解釋〕
需は待つべきであるという卦である。下卦の陽は進もうとする。然し前には険難がある。我慢して待てば険難に陥らない。五爻が主爻である。五爻は剛中の才がある。能く待ってから進むことが出來る。心が弱い人は待つことができないで冒険して失敗し困窮する。忍耐は大切である。


〔根本通明の解釋〕
下卦の乾は三爻共に陽爻で賢人の象である。上卦の五爻目は陽爻を以て陽位にあり、明君である。しかしながら上卦の坎は水であり、天下が水に溺れる象がある。これは三四五爻目に離の卦があり、主爻となる六四の大臣が、火が物を害する様に天下の人民を苦しめている象である。其所で此の禍の元凶である大臣を、天下の賢人が撃ち拂わければならない。需と云うのは、須(ま)つと云う事である。上卦では力を盡したいと云う賢人を需(ま)ち、下卦では明君が賢人を求める所を需って居る。天子に孚が有り、賢人が国家の為に盡す時には、危険を冒してでも往く所に宜しき所がある。
[彖傳]
需は「須つ」と訓み、「待つ」とは違って、暫く控えると云う義である。険難を前に大事を行おうと思っても、速やかには行われない。天下の賢人は遠く慮る所があり、無理に川を渉って危険に陥らない。九五の天子は天位に居り、何処迄も正しく中庸である。其所で遂に孚の亨る所がある。
[象傳]
雲が天に上り十分に集まった所で雨が降る。即ち需つの象である。下に居る賢人は、時を需って居る間、飲食を以て身を養い、宴楽を以て心を養う。そして時が到れば雷の如くに進んで往くのである。