1/16(日) ䷏ 雷地豫(らいちよ) 四爻

1/16(日) 雷地豫(らいちよ) 四爻


【運勢】
志を同じくする仲間の協力を得られ、何事も順調に進む。
順調に進んでいる時ほど気を緩めず、慎重に行動すると良い。
不安な気持ちは相手に伝わる。
懐疑心は表に出さず、堂々とした姿勢で皆を牽引して行く事が大切である。


【結果】
䷏◎
雷地豫(らいちよ) 四爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陰][四爻 老陽]
[三爻 少陰][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[四爻]


【原文】
《卦辭》
豫は侯を建て師を行るによろし。
彖に曰く、豫は剛應ぜられて、志行はる。順以て動くは豫。豫は順にして以て動く。故に天地も之の如し。而るを況んや侯を建て師を行るをや。天地順を以て動く。故に日月過(あやま)らずして、四時忒(たが)はず。聖人順を以て動く。則ち刑罰清くして民服す。豫の時義大なるかな。
象に曰く、雷地を出でて、奮ふは豫。先王以て樂を作り、德を崇(たうと)び、之を上帝に殷薦して、以て祖󠄃考を配す。


《爻辭》
九四。由豫す。大いに得ること有り。疑ふこと勿(なか)れ。朋盍簪す。
象に曰く、由豫す。大いに得ること有りとは、志大いに行はるゝなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
豫はあらかじめすることや、楽しいことを意味する。
四爻のみが陽爻で、その周りを陰爻が囲んで仲良くしている。
上卦は諸侯を表し、下卦は村を表すので、兵を率いる時である。
統率するには、下の者が楽しみ喜んで馳せ参じる状況でなければならない。
そして、順調に行動すれば、罰を与えることも少なくて、民はよく治まるのである。


《爻辭》
[王弼]
豫の時に居て、動きの始めに居る。
一つだけの陽爻である。
澤山の他の陰が従う。
ものが信でなければ疑いが生じる。
だから疑うことが無くなったら、朋が集まってくる。
[東涯]
由豫は己によって豫であるということである。
友人が集まってくると解釋される。
豫にあって、一つの陽であり澤山の陰の主である。
だから、君の傍に居ても、陰陽相求め、其の志は上に行く。
陽剛の才で、中陰の王に仕え、衆を下に得る。
危うく疑われやすい地位である。
だが其の志は名誉や権利にない。
これは周󠄃公が民の流言を恐れた所以である。
至誠であれば最後は良くなる。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
豫は象の中の最も大きなものをいう。
豫は舒(ゆる)やかという意味の舒、叙、序と同じで、物を急がず順序を踐(ふ)んで往く。
そこで必ず成功することから、悦び楽しむという義がある。
一方で、豫(あらかじ)めという義があるのは、十年も後の事を考えて今日から行動して往き、早計であることによる。
上卦の雷が下卦の地の上に出た象で、萬物が盛んになっていく。
天下が治まり安楽になるには、侯を建てるのが良い。
[彖傳]
四爻目は剛で震の主爻であり、天子である。
また長子でもあり、大臣にもなる。
この四爻目の剛に天下悉く応じる。
震は行くの義で、豫は順を以て動くの義であるから、天道天理に順って動いて行き、必ず悦びを得る所となる。
日月の運行、春夏秋冬の巡りに間違う所は無い。
三・四・五爻目の坎は法律の義がある。
法は備わっているが、用いずに民は服す所となる。
国家安楽であり、学問道徳を正しくする所があるから、義は大いなるかな、と言う。
[象傳]
豫は萬物皆悦ぶという義である。
この象を用いて作ったのは音楽である。
歌は最も古く、道徳功労を詩にして、詩を謡って天に誥(つ)げる。
そうしてその人の徳は愈々高く尊くなるのである。
殷薦というのは、有るだけの音楽を悉く奏することである。
黄帝、堯、舜、夏、殷、周を六代の楽という。
上帝を本にして祖考を合わせて祭り、音楽を殷(さか)んに奏す。


《爻辭》
天下は悉く九四の大臣を用い、その徳に由(よ)って天下は安楽となる。
権力が甚だしければ、周公旦の様に流言の禍を受ける様にもなるが、この場合は天下の朋友が自然と九四の徳に集まってきたのだから、疑うことは無い。
「朋」の字は他の陰爻のことで、これが残らず九四の元に集まって来る。
「盍」の字は合うという字で、「戠」の字は集まると云う義である。
一本の簪(かんざし)が多くの髪の毛を括るように、九四は天下の人民を集める。
[象傳]
無し

1/15(土) ䷵ 雷澤歸妹(らいたくきまい) 上爻二爻

1/15(土) 雷澤歸妹(らいたくきまい) 上爻二爻


【運勢】
何事も楽な道などない。
物の順序を無視して、不正な道を歩めば、最悪の結果を招くだろう。
大きな間違いを犯す前に、自らを省みる事が大切である。
理性的に判断し、無理な事には早めに見切りを付けると良い。


【結果】
䷵◎⚪︎
雷澤歸妹(らいたくきまい) 上爻二爻
《卦辭》
[上爻 老陰][五爻 少陰][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 老陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[上爻 優先][二爻]


【原文】
《卦辭》
婦妹は征けば凶。利(よろ)しき攸(ところ)无し。彖に曰はく、歸妹は天地の大義なり。天地交はらざれば萬物興らず。歸妹は人の終始なり。說󠄁(よろこ)びて以て動く。妹を歸く所󠄃なり。征けば凶とは位に当たらざるなり。利しき攸无しとは、柔、剛に乘ずればなり。象に曰はく、澤上に雷有るは歸妹。君子以て終を永くし敝(へい)を知る。


《爻辭》
[上爻 優先]
上六。女筐を承けて實なく、士羊を刲すに血なし。利しき攸なし。
象に曰く、上六の實なきは、虚筐を承くるなり。
[二爻]
九二。眇能く視る。幽人の貞に利し。
象に曰く、幽人の貞に利しとは、未だ常を變ぜざるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
妹は少女のことである。兌は小陰で、震は長陽である。小陰が長陽を承けるので、よろこんで動く。妹を嫁がせる象である。陰陽が既に合って長と少が交わった。天地の大義、人倫の終始と言える。少女を長男に嫁がせる。少女は嬉しくない。不正を犯し、それを喜んで動くのは邪道である。終には敝を知る。


《爻辭》
[上爻 優先]
羊とは三を謂ふなり。卦の窮みに處り、仰ぎて承くる所なく、下も又た應ずるなし。女と爲りて命を承くれば、則ち筐虚たりて之れ與する莫し。士と爲りて命を下せば、則ち羊を刲すに血なし。羊を刲すに血なければ、命ずる所に應ぜざるなり。進むも退くも與する莫し。故に利しき攸なしと曰ふなり。
[二爻]
其の位を失ふと雖も、内に居りて中に處り。眇猶ほ能く視る。以て常なるを保つに足るなり。内に在りて中を履みて、能く其の常を守る。故に幽人の貞に利しなり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
婦人のことを嫁とも歸ともいう。兌は少女、震は長男である。これは婦人が嫁ぐ時に礼を失している。二爻から五爻まで位を得ていない。三爻と五爻の陰爻が陽の上に居る。これは陰として正しくない。夫が先に声をかけて、それに妻は随うのである。これは天地の大義である。父母の命、媒酌の言を待ち、礼を尽くす。その後にそれぞれがその道を尽くして家道󠄃がなる。正しい道に由らないと、その夫婦は礼儀を乱し、制御できなくなる。


《爻辭》
[上爻 優先][二爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
上卦は震で長男、下卦は兌で少女である。兄たる六五の天子は、六三の我が妹を以て、諸侯に嫁がせる。兌は巧言令色で、男子を玩ぶ象がある。しかし婚姻は必ず男子の方から求めるべきものだから、女子の方から征くのは凶である。
[彖傳]
夫婦の道は、天地陰陽の道である。陰陽が正しく交わって、萬物が生じる。天地の大義は、人の大倫である。孟子も、男女室に拠るは、人の大倫と云う。兌は說び、震は動く。これは妹が帰ぐ所の義にあたる。三爻目の陰が、一・二爻目の陽の上に乗っており、柔が剛を凌ぐ所がある。これは戒めなければならず、この女が征けば凶である。
[象傳]
澤上に雷がある。雷が動けば、澤も随って動く。これは男子が動いて事を行い、女子がこれに応じる象である。婚姻を終生の永いものとするには、後々弊害が出ないように能く対策し、始めを慎まなければならない。


《爻辭》
[上爻 優先][二爻]

1/14(金) ䷉ 天澤履(てんたくり) 上爻三爻

1/14(金) 天澤履(てんたくり) 上爻三爻


【運勢】‬
志ばかり高く実力が伴わない様だと、かえって事態を悪化させてしまう。
今迄の行いを省みて、出来る事を誠実に進める事が大切である。
君子は下問を恥じず。分からない事は素直に質問し、その上で自ら判断すると良い。


【結果】
䷉◎⚪︎
天澤履(てんたくり) 上爻三爻
《卦辭》
[上爻 老陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 老陰][二爻 少陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[上爻 優先][三爻]


【原文】
《卦辭》
虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨(とほ)る。彖に曰はく、履は柔、剛を履(ふ)む。說󠄁(よろこ)びて乾に應(わう)ず。ここを以て虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨る。剛中正。帝位を履(ふ)みて疚(やま)しからず。光明あるなり。象(しやう)に曰はく、上天下澤は履。君子以て上下を辨(わきま)へ民の志を定む。


《爻辭》
[上爻 優先]
上九。履を視て祥を考ふ。其れ旋れば元吉なり。
象に曰く、元吉、上に在りとは、大いに慶び有るなり。
[三爻]
六三。眇(すがめ)能く視󠄃る。跛(ば)能く履む。虎の尾を履む。人を咥(わら)ふ。凶なり。武人大君と爲る。
象に曰く、眇能く視󠄃るとは、以て明󠄃有りとするに足らざるなり。跛能く履むとは、以て與に行ふに足らざるなり。人を咥ふ凶は位当たらざればなり。武人大君と爲るとは、志剛なればなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
履は踏むことである。上卦は人で、下卦は虎とされる。下卦の虎が口を開いて人に噛みつこうとしている。人が虎の尾を履んで、大変危うい状況にあるが、機を見るに敏であり助かる。喜んで天命にしたがう心があれば無事に済む。


《爻辭》
[上爻 優先]
“王弼”
禍福の祥、履む所に生ず。履の極に處り、履道成る。故に履を視て祥を考ふべきなり。極に居りて説くに應じ、高くして危ふからず。是れ其れ旋るなり。履の道大いに成る。故に元吉なり。
“東涯”
旋は、周旋を缺く無きの謂ひ。此爻、剛を以て履の終に居る。此事を爲して終を要する時、ただ當に其の履み行ふ所を視て、其の吉凶を考ふべし。若し夫れ事を爲して周旋を完備すれば、終を慎むこと始の如し。則ち吉と爲す。蓋し拔來報往は、人の通患なり。人は其の始め無きを患へずして、其の終り無きを患ふ。剛を以て上に居て、能く其の吉を得るは、事を爲すに周備するが故なり。豈に尙ばざるべけんや。
[三爻]
“王弼”
履の時に居る時は、陽が陽に居ても不謙と言われる。陰が陽に居て、陽の上に乗るなんてもってのほかである。すがめるものである。行動すれば跛である。その様な時に、危険な状況になれば、寅に噛まれる。志剛健があるが、履むところを確認しない。武は人をあなどろうとする。大君と為り、進めば凶を免れない。志は五爻にある。頑ななこと甚だしい。
“東涯”
眇は片目が小さいこと。跛は足が不自由なこと。虎の尾を履み、この爻は履の下卦の一番上に居て、不中不正である。才がなく志が高い。成功したいと願っている。武人が大君と為り、志は强いが凶である。荒󠄃い武人は先を見通せず、時を得ることが出来ない。そしてその強さを恣にして、結局敗れてしまうのである。往々にしてあることである。剛を履んでことを爲すことは出来ない。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
下の兌の卦が虎で、虎は大臣の象である。革命の卦である沢火革では「虎変ず」とある。虎が乾の卦を履んで行く、つまり大臣が天子に咥ひ付くのである。天子が咥ひ付かれないようにするには、後ろに巡って虎の尾を履んで行けば良い。
[彖傳]
「履柔履剛也」は、乾が兌の前にある、つまり陰爻の兌=柔が陽爻の乾=剛を履んでいることである。虎は始めの内は従順であり、佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう、心のよこしまな人)の巧言令色の卦である。天子の思召し通りに何でも其れを輔け、段々と立身し大臣と為ったが、いよいよ欲が深くなって君を侵す勢いとなり、天子は迂闊にしていると噛まれてしまう。そこで天子が虎の尾を履めば噛まれることはなく、道が亨るようになる。上九に「其旋元吉」とあり、上卦が下卦の下に旋(めぐ)って入れ替われば、沢天夬となり、虎の尾を履むことが出来る。そのため九五に「夬履」と云っている。沢天夬に「夬、揚于王庭。孚号、有厲」とあるのは、大臣を撃つことである。これを他の注解は全く書いておらず、下らない解釈ばかりである。
[象傳]
上に天があり、下に沢がある。沢は至って低い所であり、天地よりも天沢の方が猶低い所である。二・三・四爻目に離がある。離には礼儀の象意がある。そいて天沢の二字を用いて「辨上下」とある。つまり礼儀として上と下との区別を立てることである。上下の別を辨じて民の志を定めるのである。民は沢の如く、君は天の如きものであり、沢が上がって天に為るべき道は無い。「定民志」は、上を侵すべき道が無いという事が定まっていることである。


《爻辭》
[上爻 優先]
無し
[三爻]
三爻目は虎の口である。至って剛情で、不正なる者である。目や足が片方しか無いのは、邪(よこしま)な心の譬えである。虎は君を犯して、大君となる勢いである。天子は油断できない。そこで虎の後ろに旋って、尾を履んで往く。
[象傳]
片目や片方の足では、明らかに見ることは出来ず、人に追いつくことも出来ない。六三は陰爻を以て陽位にあり、陽を犯す所の象がある。乱臣賊子の懼れるべき所を示す。

1/13(木) ䷋ 天地否(てんちひ) 変爻無し

1/13(木) 天地否(てんちひ) 変爻無し


【運勢】
世の中が乱れ、正しさを守る事が難しい時は、周りに迎合してはいけない。
俗欲を抑え、控えめに過ごすと良い。
冷静に長い目で見て、行動に移す事が大切である。
志を内に秘め地道に進めれば、何事も上手く行くだろう。


【結果】

天地否(てんちひ) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
否は之(こ)れ人に匪ず。君子の貞によろしからず。大は往き、小は來る。
彖に曰はく、「否は之れ人に匪ず。大は往き小は來る」とは、則ち是れ天地交はらずして、萬物通ぜざるなり。上下交はらずして天下邦无(な)きなり。内、陰にして外、陽。内、柔にして外剛。内小人にして外君子なり。小人は道󠄃長じ、君子は道󠄃消ゆるなり。
象に曰はく、天地交はらざるは否。君子以て德を儉し難を避け、榮するに禄を以てすべからず。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
否者、閉塞なり。此卦、内坤にして外乾。卦變は泰にして興り相錯る。泰の三陽往きて外に居る、三陰來て内に居る。此の天氣は上騰して地氣は下降す。陰陽隔絶す。相交わりて通らざるの象有り。故に卦の名否に曰く、天地交わらず。則ち萬物成らず、萬物の生は人の大爲なし。故に辭系、人に匪ずと云ふ。上下否隔す、國その國非ず、君子、道を行ふ時に非ず。


〔東涯の解釋〕
否は塞がる、匪人は悪人の意󠄃味である。天地が通じず、上下の意思が通わない様を表す。世の中が乱れる時である。君子が正しくしていても、臣下や国民には伝わらない。悪人が栄え、有徳者は德を隠す。このような時には、徳のある者は徳を隠し、控えめにするのが良い。


〔根本通明の解釋〕
否は塞がるの義である。
天地陰陽の気が塞がっている。
これは地天泰と反対である。
こうした隔絶をつくったのは匪人である。
匪人は人間でなく、悪の最も大なるものである。
君子が正しい政治を行っても災を受け、小人が権力を握る。
このような状態では咎を無くし、誉も出ないように謹慎しなければ危うい。
大往小来は、陽が外の方へ往ってしまい、陰ばかりが内側に来ることである。
[彖傳]
天の気が上にあり下に降ってこない。
地の気は下に滞って上に騰がっていかない。
天地の気が交わらなければ、萬物は生長して往かない。
上は上で高振って下を顧みず、下は下で上を上と思わず尽くす所が無い。
君臣の道も、親子の道も無く、禽獣の住む所と変わらず、人間の国ではない。
外卦は陽爻で内卦は陰爻である。
これを一人の小人とすれば、内の心は柔弱で陰、外は無理に剛を偽って拵える。
朝廷とすれば、内にばかり在って政務を執るのは小人、外に出て遠くの田舎にまで往くのは君子である。
世の中が欲ばかり盛んになれば、道徳は廃れ、君子の正しい道は段々と消滅してくる。
それを小人の道が長じて、君子の道が消するという。
[象傳]
天地陰陽の気が調和せず、萬物は害を受け、人間の身体も病弱になる。
君子は我が身を全うすることを心掛け、なるべく徳を内に仕舞込んで用いない。
徳を外に顕すと小人に憎まれて必ず害を受ける。官から禄を与えるといっても、出れば害に遭うから賢人は出てこない。
そこで営するに禄をもってすべからず。
後世の本には「栄」の字で書いてあるが、古い方の「営」が正しい。

1/12(水) ䷩ 風雷益(ふうらいえき) 三爻

1/12(水) 風雷益(ふうらいえき) 三爻


【運勢】
備え有れば憂い無し、慌てず冷静に対処出来れば、間違いを犯す事は無い。
仲間と協力して大事を行うのに、良い時である。
相手の気持ちに寄り添い、誠意を持って正しさを守れば、どんな苦難も乗り越えて行けるだろう。


【結果】
䷩◎
風雷益(ふうらいえき) 三爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 少陰]
[三爻 老陰][二爻 少陰][初爻 少陽]
《爻辭》
[三爻]


【原文】
《卦辭》
益(えき)は、往く攸(ところ)有るによろし。大川を涉るに利し。
彖に曰く、益は上を損して下を益す。民說󠄁(よろこ)ぶこと疆(かぎ)りなし、上より下に下る。其道󠄃大に光なり。
往く攸(ところ)有るに利(よ)しとは、中正(ちうせい)にして慶(けい)有り。大川を涉るに利しとは、木道(もくどう)乃ち行く。益は動いてしかして巽(したが)ふ、日に進むこと疆(かぎ)りなし。天施し地生(しょう)ず。其益方(かた)なし。凡そ益の道󠄃は、時と偕(とも)に行ふ。
象に曰く、風雷は益。君子以て善を見れば則ち遷(うつ)り、過(あやまち)有れば則ち改む。


《爻辭》
六三。之れを益すに凶事を用てす。孚(まこと)有りて中行すれば、公(おほやけ)に吿して圭を用ふ。象に曰く、「益すに凶事を用てす」とは固く之を有するなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
益は増すこと、増やすことである。
否の上卦の四爻が陽から陰となり、下爻の初爻が陰から陽になっているので、上が損をして下が得をした象である。
上の者が損をして、下の者󠄃を助けることはとても良いことで、また二爻が陰、五爻が陽で、中正であるので、大事業をするのに好機である。
上の者が動けば(震)、下の者が従う(巽)象である。


《爻辭》
凶事とは『通解』によると戦いや葬式である。三爻は正しいものとは言えないが、上爻の陽と應爻の関係であるから、上爻の援助をうけて特に問題もなく成功する。その場合、誠の心を以て中道を守って行動する必要がある。公とは王に次ぐ存在であり、その者に誠心誠意尽くせば、王に見える恩恵を得る。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
この卦は、前の卦の山沢損と反対である。
山沢損は地天泰より来た。
そして地天泰は天地否から来た。
天地否は、上卦は乾、下卦は坤である。
坤は空しさの象で、人民の困窮する卦である。
そこで九四の陽爻が下りて、初六の陰爻が上る。
これで風雷益の卦になる。
これが下を益するという義である。
上卦の震は、農業の卦である。
人民を富ますのは農業であり、これは何処までも推奨される。
それで「利有攸往」である。
こうして人民が富んでいれば、如何なる大難が起こっても踏み越えて往く所となる。
よって「利渉大川」である。
[彖傳]
「損上益下」とは、天地否の九四の陽爻を一つ損(へ)らして、代わりに初六の陰爻を益すことである。
そこで民が説(よろこ)ぶ。
陽が段々進んで往けば兌の卦になる。
農事が盛んになればなるほど、人民は利益を得る。天の気が地の底に下って万物が生じる。
出で来たものは大きくなって花が咲き草木に光を生じる。
よって「其道光大」となる。
「中正にして慶(よろこ)び有り」とは、中正(二爻が陰、五爻が陽で、爻が定位通りであること)の五爻目の天子に、同じく中正の二爻目が応じることである。
いわば名君と忠臣が相助けて人民を生育する所に、慶びが出で来る。
「木道乃行」とは、震と巽に対応する五行が双方とも木であり、万物が盛んになることである。
[象傳]
上卦が巽=風で、下卦は震=雷である。雷が起こると、風はこれを助ける。
また巽は外卦であり、修飾して能(よ)く齊(ととの)えるという所がある。
つまり外の人が行いを修めて行く所を見れば、周囲の者も自ずから其の方へ従って遷って往く。
そして過ちがあれば速やかに改める。
震には過ぎるという象があり、もし往き過ぎれば、物を害してしまう。
雷山小過は霆(激しい雷)である。
雷は下から上に昇るが、霆は上から打ってくる。
これは往き過ぎである。
善い事も過ぎると害を為すから、これを改めなければいけない。


《爻辭》
「凶事」は飢饉のことである。震の卦から巽の卦に移る間がちょうど麦の熟する所となる。三爻目は震の卦の終わりで、春の終わりで夏に移った所となる。そこへ雷雨が起こり大風が吹けば、麦の方へ害が来る。すなわち飢饉が起これば、上の方が救わなければいけない。「有孚」は、二・三・四爻に坤=地があり、これは孚という所がある。「中行」は過不足の無い中庸の行いで、丁度良い加減で官より米を給わる。これは国家の大事であり、神前に圭(けい:先端が三角になった玉器)を供えて「公に告ぐ」のである。
[象傳]
官に貯えられた御蔵米は皆人民の方から差上げたもので、固(もと)より人民の有する所の物である。よって「固有之也」という。戦争や飢饉に備え、官において九ヵ年分を貯えると定まっている。

第2回 勉強会

1月11日、神道学科研究室で第2回勉究会が行われた。

当初予定していた「武士道」の要約発表は延期され、その代わりに顧問である高野先生による「近代神道の変遷」についての講義が行われた。

近代の神社神道と教派神道、仏教、それぞれの歩みを、大教宣布運動三条の教則神官教導職分離令などを焦点にして講義が行われた。

講義後は、戦前戦後の神道変遷を踏まえた上で「神社神道を担う者としてどの様にあるべきか」という内容で議論が行われた。

追記:1/18 第3回勉強会が予定されていたが、新型コロナウイルスの影響により中止となった。

1/11(火) ䷨ 山澤損(さんたくそん) 五爻初爻

1/11(火) 山澤損(さんたくそん) 五爻初爻


【運勢】
目に見える資産を失う事より、心を狭める事の方が人生を貧しくする。
懐疑心を持ち続けても、益する事は無い。
大らかな心を持ち、相手の益を自らの益と捉える事が大切である。
迅速な行動が、信頼に繋がるだろう。


【結果】
䷨◎⚪︎
山澤損(さんたくそん) 五爻初爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陰][四爻 少陰]
[三爻 少陰][二爻 少陽][初爻 老陽]
《爻辭》
[五爻 優先][初爻]


【原文】
《卦辭》
損はまこと有り元吉。咎めなし。貞すべし。往くところ有るによろし。曷(たれ)をかこれ用ゐん。二簋(にき)用ゐて享すべし。彖に曰はく、損は下を損して上を益す。その道󠄃上行す。損してまこと有り。元吉咎めなし。貞すべし。往くところ有るによろし。曷(たれ)をかこれ用ゐん。二簋(にき)もちゐて享すべし。二簋(にき)時あるに應じ、剛を損して柔を益す。時有り。損益盈虚時とともに行はる。象に曰はく、山下に澤あるは損。君子以て忿(いかり)を懲らし、欲を窒(ふさ)ぐ。


《爻辭》
[五爻 優先]
六五。或いは之を益す。十朋の龜も違ふことあたはず。元吉。
象に曰く、六五元吉は上より祐(たす)くるなり。
[初爻]
初九は、事を已めて遄に往く。咎なし。酌みて之を損す。
象に曰く、事を已めて遄に往くとは、尚りて志を合すなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
外卦の艮は陽であり、内卦の兌は陰である。
陰は陽に順うものである。
陽は上にとどまり、陰は喜んで順う。
下を損じて、上を益す。
上に上昇するということである。
損の道は下を損して上を益し、剛を損して柔を益す。
不足を補うものではない。
君子の道を長ずるわけでもない。
損して吉を得るには、ただ誠の心がある場合だけである。
だから元吉なのである。
剛を損して柔を益す、それで剛を消さない。
下を損して上を益す。
それで上を満たして剛を損して邪をなさない。
自然にはそれぞれ分というものが決まっている。
短き者󠄃が不足しているわけでなく、長者󠄃が余っているわけでもない。
損益とは、常なきものであり、だから時とともに動くのである。


《爻辭》
[五爻 優先]
陰が尊󠄄位に居る。
尊󠄄を履んで損なので、あるいは益になる。
亀は疑いを決める物である。
陰は先に唱えてはいけない。
柔は自分で任じることは出来ない。
尊󠄄にいて、その場を守る。
故に人はその力を用い、その功に尽くす。
才能を持ったものが集まってくる。
十朋の龜を得て、天人の助けを尽くす。
[初爻]
損の道爲る。下を損して上を益し、剛を損して柔を益し、以て其の時に應ずる者なり。下極に居り、剛を損して柔に奉ふれば、則ち以て逸すべからず、損の始めに處れば、則ち以て盈つべからず。事已めば則ち往き、宴安べからざれば、乃ち咎なきを獲るなり。剛、以て柔に奉ふれば、咎を免るると雖も、猶ほ未だ親しまざるがごときなり。故に旣に咎なきを獲れども、復た自ら酌みて損す。乃ち志を合するを得るなり。遄は速なり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
損は減少である。
は泰の三爻(陽)と上爻(陰)とを入れ替えたものである。
下が損して上が益する様である。
天子は下を益することで、自らも利益を得るものであるから、下を損させて、益を得ようとすることはよくないことである。
損は結果的に良い場合と悪い場合があるが、誠の心があれば問題はない。
あくまで正しくあろうとすべきである。
二つの簋(祖󠄃先を祭るときに用いる祭器)を用いて祭祀をすればよい。
損益は時に應じておこなわれるとよい。


《爻辭》
[五爻 優先]
昔は貝を貨幣としており、二つの貝を朋という単位にした。
十朋の龜とは澤山の宝石に相当するものである。
龜は大変貴重である。
比に損があるが、柔順中正である。
そして尊󠄄位に居る。
二爻の賢人と応じている。
五爻は賢人の言をきく。
其れは利益となる。
賢人と親しくなる益は、諸󠄃鬼神にただし、違うことはない。
民の順うところに天は従う。
神々も祝福するだろう。
[初爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
この卦は「損」を意味する。
損とは有る物を失って不足になることである。
前の卦の雷水解は、難が解ける卦である。
解ければ人の心が緩む。
緩めば損を生じる。
この卦は、もと地天泰の下卦三爻目を損して、上卦三爻目に益すことによる。
地天泰は下卦が乾であるから、下の方が満ちている。
つまり人民が富んでいる。
初爻目にはじまり、二爻目になると丁度良い加減になるが、三爻目になると度を過ぎてしまう。
そこで余りを以て上に献ずる。
そうして下卦は兌になり、上卦は艮になるのである。
上の方ではこれを止(と)める。
上は人民を十分に富ましたいので、献じなくてよいとするが、下は余剰を差上げる所を以て喜びとする。
兌の卦は喜びを意味している。
こうして上下富んでいるのは、上の徳義による。
互いに孚(まこと)があるので、元吉にして咎が無い。
しかし、是も程良い所でなければいけない。
そこで貞が大切である。
乾は満ちているから、奢りが生じる。
余剰は御祭用に献上するのが良い。
多くの献上物があっても、天子は二簋の祭器しか用いず倹約する。
八簋供えるべきところに、僅か二簋だけでも祭りは出来る。
孚を以てすれば供物が少なくとも神は是を享けるのである。
[彖傳]
損の卦は下を損(へ)らすから名付けられた。
下を損らして、上を益すのである。
下は上の為にどこまでも盡したいと思って行う。
「損而孚アリ、元吉咎ナシ」とは、前の彖の辭をここへ述べてきたのである。
二簋というのは倹約を言うが、損らすのも時による。
豊年で献上物が多ければ、益すこともある。
下は上に献上するが、上はこれを止めて、倹約をする。
内卦の剛を損らして、上卦の陰へ益すというのも時による。
凶年の時には上から下へ益して来ることもある。
損すべき時には損し、益すべき時には益す。
満ちるべき時には満ち、虚なるべき時には虚になる。
これも其の時節に従って時と共に行うのである。
[象傳]
山下に澤があるのは損である。
君子はこれを用いて怒りを徴らしめる。
この「徴」の字は「懲らす」という字と同じである。
これは止める義であり、元は乾の卦である。
乾は三畫とも剛である。
強い所に剛が重なり、気が立って怒りになる。
これを損らして、怒りを止めて、喜びに変ずるのである。
三爻目が上へ往って、上六の陰が下に来ると、兌の卦となる。
つまり喜ぶところとなる。
また欲は坤の卦の象である。
坤は吝嗇(りんしょく:極度に物惜しみすること)であって、どこまでも欲が深い。
上は坤の卦であるから、欲が盛んである。
その欲を窒(ふさ)ぐには、坤の上爻が変じて、艮になれば欲が止むのである。


《爻辭》
[五爻 優先]
六五と九二は互いに応じて居るが、二爻目は五爻目を益することが出来ない。
ここでは上九から益するので、「或いは之を益す」るのである。
上九が富んでいるのは、三爻目が六爻目を益したことによる。
人民(三爻目)からの献納物を上方(六爻目)で受け取り、これを天子(五爻目)に差上げた格好になる。
これは全く当然の事だから、「十朋の龜も違ふ能はず」なのである。
一朋は二百十六銭であるから、十朋は二千百六十銭となる。
それだけの価値がある上等な龜のことで、これは神霊である。
この龜の甲羅で占えば、必ず吉となるのである。
[象傳]
六五を上九が祐(たす)ける。
下からの献納物を上九が受けて、そこから天子の方へ廻っていく。
よって「上より祐くる也」と云う。
[初爻]

1/10(月) ䷐ 澤雷隨(たくらいずゐ) 変爻無し

1/10(月) 澤雷隨(たくらいずゐ) 変爻無し


【運勢】
ただ闇雲に努力するのでは無く、先を見据えて努力する事が大切である。
安易に行動すれば、成功の機会を逃してしまう。
礼節を弁え、自らの決断にしっかりと責任を持つ事が出来れば、間違いを犯す事は無いだろう。


【結果】

澤雷隨(たくらいずゐ) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 少陰][初爻 少陽]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
隨(ずゐ)は元(おほ)いに亨(とほ)る。
貞(てい)によろし。咎めなし。彖(たん)に曰(い)はく、隨は剛に來たりて柔に下る。動いて說󠄁(よろこ)ぶは隨(ずゐ)。元(おほ)いに亨(とほ)り、貞。咎めなし。しかして天下時に隨(したが)ふ。時に隨(したが)ふの義、大なるかな。象に曰はく、澤中に雷あるは隨。君子以て晦(みそか)に嚮(むか)ひて入りて宴息(えんそく)す。


【解釋】
〔王弼、通解の解釋〕
隨はしたがうの意󠄃味である。
内卦は震で動き、外卦は兌であり、よろこぶの意󠄃である。
君主が行動するとき、人々はよく協力してくれ、思い通りにできる。
人々は時機にしたがい行動する。


〔根本通明の解釋〕
随は後ろに随って行く義である。
同じ「したがう」でも、従の字は左に付いても右に付いても従うだが、随の字は後ろに附いて行くという義である。
初九はニに随う。
二は三に随う。
三は四に随い、四は五に随い、五は六に随う。
先の方に随うという象があるが、何でも随へば良いわけではない。
仁義礼智に外れないようにすれば咎が無い。
[彖傳]
初九の陽爻が二・三爻目に随っているので、剛柔に随う。
下卦の震は雷なので動く。
動いた先の兌が說ぶ。
随うには正しき所をもってすれば、必ず大いに亨る。
二・三・四爻目の艮は時の象がある。
時は重要で、必ず随わなければならない。
[象傳]
兌は秋、雷は春である。
春に雷が出で、秋に沢中に潜む。
これは時に随うの義である。
君子は晦に嚮(むか)う。
晦は日の暮れる所である。

1/9(日) ䷎ 地山謙(ちさんけん) 上爻四爻

1/9(日) 地山謙(ちさんけん) 上爻四爻


【運勢】
謙虚な姿勢で望み、常に相手の気持ちに寄り添う事が大切である。
謙譲の美徳を蔑ろにし、集団の不和を起こす者には、厳しく対処すべきである。
信頼出来る仲間と切磋琢磨する事を当たり前だと思わず、感謝すると良い。


【結果】
䷎◎⚪︎
地山謙(ちさんけん) 上爻四爻
《卦辭》
[上爻 老陰][五爻 少陰][四爻 老陰]
[三爻 少陽][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[上爻 優先][四爻]


【原文】
《卦辭》
謙は亨(とほ)る。君子は終はり有り。彖に曰はく、謙はとほる。天道下濟して光明。地道卑(ひく)くして上行す。天道は盈(えい)を虧(か)きて、謙に益す。地道󠄃は盈を變じて謙に流る。鬼神は盈を害して謙に福す。人道は盈を惡(にく)みて謙を好む。謙は尊くして光り、卑(ひく)くして踰ゆべからず。君子の終はりなり。


《爻辭》
[上爻 優先]
上六。鳴謙す。用ふるに師を行り、邑國を征するに利し。
象に曰く、鳴謙すとは、未だ得ざるなり。師を行り邑國を征するに用ふべしなり。
[四爻]
六四。利しからざることなし。謙を撝す。
象に曰く、利しからざることなし、謙を撝すとは、則に違はざるなり。


【解釋】
〔王弼、通解の解釋〕
《卦辭》
謙は謙譲や謙遜の意󠄃味である。
平面な地卦の下に高いはずの山卦がある様が謙遜を表す。
謙譲の徳を持っている者は、どんなところでも歓迎されるし、尊敬される。
しかし、謙譲の美徳は昇進するにつれて失いがちである。
謙譲の美徳を持ち続けて、人の上に立つことは難しい。
君子とは最後まで謙譲の美徳を全うすることができる人のことである。
これを有終の美という。
謙譲の美徳を有する者が上にいると、下の者を大切にするので、下の者は自分の実力を活かすことができる。
また、謙譲の美徳を有する者が下にいると、周りの人がその徳を慕って昇進を求める。


《爻辭》
[上爻 優先]
最も外に處り、内政に與らず。故に名有るのみ。志、功、未だ得ざるなり。外に處りて謙順なるを履む。以て邑國を征するべきのみ。
夫れ吉凶悔吝は、動より生ずる者なり。動の起くる所は、利より興る者なり。故に飮食には必ず訟ひ有り。訟へば必ず衆の起こる有り。未だ衆人の惡む所に居ること有らずして、動く者の害ふ所と爲る。競はざるの地に處りて、爭ふ者の奪ふ所と爲る。是を以て六爻位を失ひ、應ずるなく、剛に乘ること有ると雖も、皆凶咎悔吝なきは、謙を以て主と爲ればなり。謙尊くして光いなり、卑にして踰ゆべからず。信なるや。
[四爻]
三の上に處りて謙を用ふ。則ち是れ上自り下に下るの義なり。五を承けて用て謙順たり。則ち是れ上に行く道なり。上を奉じ下に下るの道を盡くす。故に利しからざることなし。指撝すること皆謙なり。則に違はざるなり。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
謙は「へりくだる」と言われるが、本当は「小さい」という意味である。
我が身が小さくなって人の下に降って居る。
古くは言偏の無い「兼」の字であった。
小さいために一つで足らず合わせるという義である。
他に口偏を附けた「嗛」の字もあり、子夏伝はそう書いている。
口の中に入るだけの小さな物を含んでおり、嗛嗛之食という言葉は僅かの食物のことである。
小さいというのが本来の義である。
卦の象では地の下に山があり、人民の下に我が身を引き下げて小さくなって居る。
二・三・四爻目に坎がある。
水には功労があるが、低い所に居るので、謙遜の義がある。
これなら何処へ行っても尊ばれ亨ることになる。
しかし真実の謙虚さでなく、人望を得るために拵えて行うのは長く亨らない。
[彖傳]
天道下済とあるのは、上に在る天の陽気が降って来て地の徳を成すことである。
元は乾の一番上にあった陽爻が下に降って九三となったのである。
光明は三爻目に降りて来た陽爻である。
また元は三爻目にあった陰爻が一番上に上がったから上行という。
元の乾の卦が陽爻ばかりで剛に過ぎるので盈(えい)に虧(か)く。
上に居るべき人が小さく為って、人の下に降るのが謙である。
我が身を下しても人が侮って其の上を踰(こ)えて往くことは出来ない。
卑い所に居れば居るほど人が尊んでくる。
そうして君子は終を遂げる所となる。
[象傳]
上卦が地で下卦が山である。
地の広い方から見れば山が小さい。
天地の道理は何でも盈ちる所があり、それを虧かなければいけない。
そこで多い方から取って、少ない方へ益す。
政でも米を多い所から寡(すく)ない所に益すようにする。
政は物の多少を量り、平らかにしなければいけない。


《爻辭》
[上爻 優先]
[四爻]

1/8(土) ䷀ 乾爲天(けんゐてん) 二爻

1/8(土) 乾爲天(けんゐてん) 二爻


【運勢】
大事を行うのに良い時である。
自らの力を過信してはいけない。
賢人に倣い、至らない所を地道に努力する事が大切である。
失敗を恐れず、迷わず素直に行動し、志を同じくする仲間と協力して、好機を最大限に活かすと良い。


【結果】
䷀◎
乾爲天(けんゐてん) 二爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陽][二爻 老陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[二爻]


【原文】
《卦辭》
乾は元いに亨る、貞に利し。
彖に曰く、大なるかな乾の元は、萬物資りて始まる、乃ち天を統ぶ。雲行き雨施し、品物形を流く。
大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六龍に乗じて以て天を御す。
乾道變化して、各おの性命を正し、大和を保合して、乃ち貞に利ろし。庶物に首出して、咸(あまね)く寧(やす)し。
象に曰く、天行は健なり。君子以て自ら彊めて息まず。


《爻辭》
九二。見龍田に在り、大人を見るに利し。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
《爻辭》
潛を出でて隱を離る、故に見龍と曰ふ。地上に處り、故に田に在りと曰ふ。德施周普たり。中に居りて偏らず。君位に非ずと雖も、君の德なり。初なれば則ち彰らかならず、三なれば則ち乾乾たり、四なれば則ち或ひは躍り、上なれば則ち過亢たり。大人を見るに利しきは、唯だ二五のみ。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
《爻辭》