12/25(土) ䷉ 天澤履(てんたくり) 二爻

12/25(土) 天澤履(てんたくり) 二爻


【運勢】‬
今迄の行いを省みて、出来る事を一つずつ、誠実に進める事が大切である。
志が高くても実力が伴わない様だと、かえって事態を悪化させてしまう。
俗欲に惑わされる事無く、淡々と中正を守れば、何事も上手く行くだろう。


【結果】
䷉◎
天澤履(てんたくり) 二爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 老陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[二爻]


【原文】
《卦辭》
虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨(とほ)る。彖に曰はく、履は柔、剛を履(ふ)む。說󠄁(よろこ)びて乾に應(わう)ず。ここを以て虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨る。剛中正。帝位を履(ふ)みて疚(やま)しからず。光明あるなり。象(しやう)に曰はく、上天下澤は履。君子以て上下を辨(わきま)へ民の志を定む。


《爻辭》
九二。履の道󠄃坦坦たり。幽人貞なれば吉。象に曰く、幽人貞なれば吉とは、自ら亂れざるなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
履は踏むことである。上卦は人で、下卦は虎とされる。下卦の虎が口を開いて人に噛みつこうとしている。人が虎の尾を履んで、大変危うい状況にあるが、機を見るに敏であり助かる。喜んで天命にしたがう心があれば無事に済む。


《爻辭》
[王弼]
履の道謙を尚び、盈つるに處るを喜ばず。務めて致誠に在り、夫の外に飾る者を惡むなり。而して二、陽を以て陰に處り、謙なるを履むなり。内に居りて中を履み、隱顯同じきなり。履道の美、斯に於いて盛をなす。故に道を履むこと坦坦たり。險厄なきなり。在りて幽に貞なり。宜しく其れ吉なるべきなり。
[東涯]
坦坦とは道が平󠄃らなことである。
剛中で下に在る。上に応じるものがないが、履み行う所󠄃は道が平坦である。用いられても陥れられても心が乱れることはない。正しくしていれば良い。
利害の絡む場合、どうしても予期せぬ事態に巻き込まれてしまう。一方で利害の外に超然としていれば、道は平坦である。
天下が乱れている時は、隠れて正しさを守るのが吉である。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
下の兌の卦が虎で、虎は大臣の象である。革命の卦である沢火革では「虎変ず」とある。虎が乾の卦を履んで行く、つまり大臣が天子に咥ひ付くのである。天子が咥ひ付かれないようにするには、後ろに巡って虎の尾を履んで行けば良い。
[彖傳]
「履柔履剛也」は、乾が兌の前にある、つまり陰爻の兌=柔が陽爻の乾=剛を履んでいることである。虎は始めの内は従順であり、佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう、心のよこしまな人)の巧言令色の卦である。天子の思召し通りに何でも其れを輔け、段々と立身し大臣と為ったが、いよいよ欲が深くなって君を侵す勢いとなり、天子は迂闊にしていると噛まれてしまう。そこで天子が虎の尾を履めば噛まれることはなく、道が亨るようになる。上九に「其旋元吉」とあり、上卦が下卦の下に旋(めぐ)って入れ替われば、沢天夬となり、虎の尾を履むことが出来る。そのため九五に「夬履」と云っている。沢天夬に「夬、揚于王庭。孚号、有厲」とあるのは、大臣を撃つことである。これを他の注解は全く書いておらず、下らない解釈ばかりである。
[象傳]
上に天があり、下に沢がある。沢は至って低い所であり、天地よりも天沢の方が猶低い所である。二・三・四爻目に離がある。離には礼儀の象意がある。そいて天沢の二字を用いて「辨上下」とある。つまり礼儀として上と下との区別を立てることである。上下の別を辨じて民の志を定めるのである。民は沢の如く、君は天の如きものであり、沢が上がって天に為るべき道は無い。「定民志」は、上を侵すべき道が無いという事が定まっていることである。
《爻辭》

12/24(金) ䷭ 地風升(ちふうしょう) 四爻

12/24(金) 地風升(ちふうしょう) 四爻


【運勢】
順徳を固く守り、一貫した姿勢で取組み、皆の信頼を得る事が大切である。
謂れのない非難に尻込みせず、志を同じくする仲間と、共に歩むと良い。
日々の積み重ねを大切にし、最後まで歩み続けた者が君子に至るだろう。


【結果】
䷭◎
地風升(ちふうしょう) 四爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陰][四爻 老陰]
[三爻 少陽][二爻 少陽][初爻 少陰]
《爻辭》
[四爻]


【原文】
《卦辭》
升は元(おほ)いに亨(とほ)る。大人を見るに用う。恤(うれ)ふることなかれ。南征して吉。彖に曰はく、柔は時を以て升(のぼ)る。巽にして順。剛中にして應ず。是を以て大いに亨(とほ)る。「大人を見るに用う。恤ふることなかれ」とは、慶あるなり。南征して吉とは、志行はるるなり。象に曰はく、地中に木を生ずる升。君子以て德に順(したが)ひ、小を積みて以て高大なり。


《爻辭》
六四。王用ゐて岐山に亨(とほ)す。吉にして咎(とが)め无(な)し。象に曰はく、「王用ゐて岐山に亨す」とは、順にして事(つか)ふるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
巽順で以て上るべし。陽爻が尊󠄄位に当たらない。厳しい剛の正しさがないので憂えを免れない。大人にあうのに用いる。憂うるなかれ。柔で南に行けば、大きな明󠄃につく。柔は時により上ることを得られる。純柔であれば自分で上ることが出来ない。剛が思いあがれば人は従わない。旣に時であり上った。また巽順である。剛中で応じている。だから大いにとおるのである。巽順で上った。大きな明に至る。志が通ったことを言う。


《爻辭》
四爻は大臣の爻で、ここでは文王が岐山に登って神を祭った象である。大変有能であるが、王に服してよく仕える大臣である。どんな徳の無い王でも、良い臣下の助けを得て天下は治まっている。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
升は変じて萃と通う。萃の内卦の三爻の陰が昇って外卦に行った。だから升という。内が巽で外が順。柔巽で人の心に從う。二爻は剛中で五爻と応じている。これは賢人が君を得た象である。その得失を憂うるなかれ。西南は坤
であり、上卦にある。だから前進して南に遠征する。進み上って吉である。君臣が遇うことは古來難󠄄しい。巽順の德を身につけ、柔中の君(五爻)に遇󠄄う。剛中の逸材(二爻)を重用して、賢人を好む時、進んで為すことがある。地中に木が生ずる象であるから、地道は木に敏感である。時に昇進する。もしその養いを得れば、長く続かないものはない。君子はこれを体してその徳に從う。次々に重ねて高明󠄃廣大となる。漸次進む。
《爻辭》


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
升は升(のぼ)って進むという義がある。昇と同じである。三・四・五爻の震の卦は陽木、下卦の巽は陰木である。地に陽木と陰木の芽が出ている。それが天を貫くまでに段々進んで往くのが升である。元亨の元は震で、亨は兌である。また震は仁で、兌は義であるから、この卦には仁義の象がある。震は長子で、仁義の徳が段々と上って行けば、天子の位に即(つ)く所があり、心配には及ばない。南に征くとは、南面の位に即くことをいう。
[彖傳]
太子は升るべき時を以て天子の位に升る。皇太子が二爻目になると陽爻であるから剛である。内卦の皇太子が剛で中庸の徳を備えているから、外卦の坤=天下皆その徳に応じて服する。心配には及ばない。必ず天子の位を相続して大いなる慶びが出てくる。
[象傳]
地の中に巽と震の卦がある。木が次第に上の方に進んで伸びて往く。君子はこの卦の象を用いて徳を順にする。巽は『説卦伝』に「高し」とある。


《爻辭》
岐山は西の山である。兌は西であり、岐山において祭る。即ち皇太子が天子に代わって天を祭る。そこで吉であり、咎が無い。
[象傳]
従順にして能く天に事(つか)う所がある。皇太子が天子に代わって祭るのは、やはり順なる所である。

12/23(木) ䷝ 離爲火(りゐか)→䷩ 風雷益(ふうらいえき)

12/23(木) 離爲火(りゐか)→ 風雷益(ふうらいえき)


【運勢】
柔軟な思考を持ち、日常の中で相手の心情を汲み取る事が大切である。
勢いだけで無く、明確な目標や信念を持って行動すると良い。
上に立つ者が模範となり正しさを共有すれば、何事も上手く行くだろう。


【結果】

本卦:離爲火(りゐか)
之卦:風雷益(ふうらいえき)
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 老陰][四爻 老陽]
[三爻 老陽][二爻 少陰][初爻 少陽]
《爻辭》
[五爻][四爻][三爻]


【原文】
《本卦:
離爲火》
離は貞に利(よろ)し。亨(とほ)る。牝牛を畜(やしな)へば吉。
彖に曰はく、離は麗なり。日月は天に麗(つ)き、百穀草木は地に麗き、重明󠄃以て正に麗く。乃(すなは)ち天下を化成す。柔、中正に麗く。故に亨る。是を以て牝牛を畜へば吉なり。
象に曰はく、明󠄃兩たび作るは離。大人以て明󠄃を繼ぎ、四方を照らす。


《之卦:
風雷益》
益(えき)は、往く攸(ところ)有るによろし。大川を涉るに利し。
彖に曰く、益は上を損して下を益す。民說󠄁(よろこ)ぶこと疆(かぎ)りなし、上より下に下る。其道󠄃大に光なり。
往く攸(ところ)有るに利(よ)しとは、中正(ちうせい)にして慶(けい)有り。大川を涉るに利しとは、木道(もくどう)乃ち行く。益は動いてしかして巽(したが)ふ、日に進むこと疆(かぎ)りなし。天施し地生(しょう)ず。其益方(かた)なし。凡そ益の道󠄃は、時と偕(とも)に行ふ。
象に曰く、風雷は益。君子以て善を見れば則ち遷(うつ)り、過(あやまち)有れば則ち改む。


【解釋】
《本卦:
離爲火》
〔王弼の解釋〕
離は柔であることが正しい。だから、必ず正しくして後にうまく行く。陰爻が卦の真ん中にある。牝の善いものである。外は強くて内は柔らかい。牛の善いものである。柔順を良しとする。凶暴な動物を飼ってはならない。牝牛を飼うのが良い。それぞれのものが、あるべき場所にあるのが良い。陰爻が真ん中に在ればうまく行く。吉。強暴な動物を飼うべきでない。


〔東涯の解釋〕
離は附くということである。一陰が二陽の間についている。火であり、日であり、電気であり、德としては明󠄃である。皆柔順であることを知っている。明󠄃は正しくあるのに良い。世の中で明󠄃を用いれば、正を失いがちである。明󠄃が二つ重なる状態で正を忘れなければ、天下を化成することが可能である。坤では牝馬の貞によいとあったが、この離では牝牛である。柔順の徳というより、柔順な人に服するのが良い。智の至りである。明󠄃とは日のことである。前の日が没しても、次の日の出がある。君子はこれを体現し、前の王の明徳を継いでいくのである。


〔根本通明の解釋〕
離はつくの意󠄃味である。正しくあればどこまでもよい。陰が陽爻二つの間についている。この陰爻は坤からきた。牝牛は柔順であり、温厚である。二爻と五爻が牝牛であるから、柔順の徳をやしなうべきである。
[彖傳]
乾の卦の二爻と五爻に陰爻がついたのである。日月は天について天下をあまねく照らす。また百穀草木は地に附いて盛んである。明󠄃の上に明󠄃が重なっているので、重明󠄃という。それが皆正しい位置についている。日月が天下を照らすように、君主も今日も明日も正しさを失わずにいれば、あまねく天下を化すことが出来る。中正なる所󠄃に居るのは二爻である。牝牛というのは二爻のことである。天子は每日明徳を以て政治をしなければならない。


《之卦:
風雷益》
〔王弼、東涯の解釋〕
益は増すこと、増やすことである。
否の上卦の四爻が陽から陰となり、下爻の初爻が陰から陽になっているので、上が損をして下が得をした象である。
上の者が損をして、下の者󠄃を助けることはとても良いことで、また二爻が陰、五爻が陽で、中正であるので、大事業をするのに好機である。
上の者が動けば(震)、下の者が従う(巽)象である。


〔根本通明の解釋〕
この卦は、前の卦の山沢損と反対である。
山沢損は地天泰より来た。
そして地天泰は天地否から来た。
天地否は、上卦は乾、下卦は坤である。
坤は空しさの象で、人民の困窮する卦である。
そこで九四の陽爻が下りて、初六の陰爻が上る。
これで風雷益の卦になる。
これが下を益するという義である。
上卦の震は、農業の卦である。
人民を富ますのは農業であり、これは何処までも推奨される。
それで「利有攸往」である。
こうして人民が富んでいれば、如何なる大難が起こっても踏み越えて往く所となる。
よって「利渉大川」である。
[彖傳]
「損上益下」とは、天地否の九四の陽爻を一つ損(へ)らして、代わりに初六の陰爻を益すことである。
そこで民が説(よろこ)ぶ。
陽が段々進んで往けば兌の卦になる。
農事が盛んになればなるほど、人民は利益を得る。天の気が地の底に下って万物が生じる。
出で来たものは大きくなって花が咲き草木に光を生じる。
よって「其道光大」となる。
「中正にして慶(よろこ)び有り」とは、中正(二爻が陰、五爻が陽で、爻が定位通りであること)の五爻目の天子に、同じく中正の二爻目が応じることである。
いわば名君と忠臣が相助けて人民を生育する所に、慶びが出で来る。
「木道乃行」とは、震と巽に対応する五行が双方とも木であり、万物が盛んになることである。
[象傳]
上卦が巽=風で、下卦は震=雷である。雷が起こると、風はこれを助ける。
また巽は外卦であり、修飾して能(よ)く齊(ととの)えるという所がある。
つまり外の人が行いを修めて行く所を見れば、周囲の者も自ずから其の方へ従って遷って往く。
そして過ちがあれば速やかに改める。
震には過ぎるという象があり、もし往き過ぎれば、物を害してしまう。
雷山小過は霆(激しい雷)である。
雷は下から上に昇るが、霆は上から打ってくる。
これは往き過ぎである。
善い事も過ぎると害を為すから、これを改めなければいけない。

12/22(水) ䷄ 水天需(すいてんじゆ) 五爻二爻

12/22(水) 水天需(すいてんじゆ) 五爻二爻


【運勢】
自然の巡りは不変であり、晴れが続けば後には必ず雨が降る。
新しい事を始める上で、短絡的な批判はつきものである。
批判に対して及び腰にならず、寛大な心を持ち、成果が出るまで中正を堅く守る事が大切である。


【結果】
䷄◎⚪︎
水天需(すいてんじゆ) 五爻二爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 老陽][四爻 少陰]
[三爻 少陽][二爻 老陽][初爻 少陽]
《爻辭》
[五爻 優先][二爻]


【原文】
《卦辭》
需孚有り。光に亨る。貞にして吉。大川を渉るに利し。彖に曰はく、需は須なり。險前󠄃に在るなり。剛健にして陥らず。其の義、困窮せず。需は孚有り。光に亨る。貞吉とは、天位に位して以て中正なるなり。大川を渉るに利しとは、往きて功有るなり。
象に曰はく、雲、天に上るは需。君子以て飲食宴樂す。


《爻辭》
[五爻 優先]
九五。酒食に需つ。貞にして吉。
象に曰く、酒食貞吉とは、中正を以てなり。
[二爻]
九二。沙に需つ。小し言有り。終に吉。
象に曰く、沙に需つとは、衍にして中に在るなり。小し言有りと雖も、吉を以て終ふるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
天位に居るとは五爻のことである。中正。そして物を待つ。之が需道である。乾德で進めば亨る。童蒙は旣に德を持つ。


《爻辭》
[五爻 優先]
需の須つ所、待つを以て達くなり。己は天位を得、其の中正を暢ぶ。復た須つ所なし。故に酒食するのみにして、貞にして吉を獲るなり。
[二爻]
轉じて難に近し。故に沙に需つと曰ふ。寇を致すに至らず、故に小し言有りと曰ふ。近くして難に逼らず、遠くして時に後れず。中に健を履みて居り、以て其の會を待つ。小しく言有りと雖も、吉を以て終はるなり。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
需は待つべきであるという卦である。下卦の陽は進もうとする。然し前には険難がある。我慢して待てば険難に陥らない。五爻が主爻である。五爻は剛中の才がある。能く待ってから進むことが出來る。心が弱い人は待つことができないで冒険して失敗し困窮する。忍耐は大切である。


《爻辭》
[五爻 優先]
[二爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
下卦の乾は三爻共に陽爻で賢人の象である。上卦の五爻目は陽爻を以て陽位にあり、明君である。しかしながら上卦の坎は水であり、天下が水に溺れる象がある。これは三四五爻目に離の卦があり、主爻となる六四の大臣が、火が物を害する様に天下の人民を苦しめている象である。其所で此の禍の元凶である大臣を、天下の賢人が撃ち拂わければならない。需と云うのは、須(ま)つと云う事である。上卦では力を盡したいと云う賢人を需(ま)ち、下卦では明君が賢人を求める所を需って居る。天子に孚が有り、賢人が国家の為に盡す時には、危険を冒してでも往く所に宜しき所がある。
[彖傳]
需は「須つ」と訓み、「待つ」とは違って、暫く控えると云う義である。険難を前に大事を行おうと思っても、速やかには行われない。天下の賢人は遠く慮る所があり、無理に川を渉って危険に陥らない。九五の天子は天位に居り、何処迄も正しく中庸である。其所で遂に孚の亨る所がある。
[象傳]
雲が天に上り十分に集まった所で雨が降る。即ち需つの象である。下に居る賢人は、時を需って居る間、飲食を以て身を養い、宴楽を以て心を養う。そして時が到れば雷の如くに進んで往くのである。


《爻辭》
[五爻 優先]
[二爻]

12/21(火) ䷋ 天地否(てんちひ) 変爻無し

12/21(火) 天地否(てんちひ) 変爻無し


【運勢】
世の中が大いに乱れ、正しさを守る事が難しい時は、周りに迎合せず俗欲を抑えて控えめに過ごすと良い。
常に冷静に、その上で長期的に判断する事が大切である。
志を内に秘め地道に進めれば、何事も上手く行くだろう。


【結果】

天地否(てんちひ) 変爻無し
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 少陰][初爻 少陰]
《爻辭》
[変爻無し]


【原文】
否は之(こ)れ人に匪ず。君子の貞によろしからず。大は往き、小は來る。
彖に曰はく、「否は之れ人に匪ず。大は往き小は來る」とは、則ち是れ天地交はらずして、萬物通ぜざるなり。上下交はらずして天下邦无(な)きなり。内、陰にして外、陽。内、柔にして外剛。内小人にして外君子なり。小人は道󠄃長じ、君子は道󠄃消ゆるなり。
象に曰はく、天地交はらざるは否。君子以て德を儉し難を避け、榮するに禄を以てすべからず。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
否者、閉塞なり。此卦、内坤にして外乾。卦變泰興相錯。泰の三陽往きて外に居る、三陰來て内に居る。此の天氣は上騰し、而して地氣は下降す。陰陽隔絶す。相交わりて通らざるの象有り。故に卦の名否に曰く、天地交わらず。則ち萬物成らず、萬物の生は人の大爲なし。故に辭系人に匪ずと云ふ。上下否隔、國その國非ず、君子道を行ふの時に非ず、


〔東涯の解釋〕
否は塞がる、匪人は悪人の意󠄃味である。
天地が通じず、上下の意思が通わない様を表す。
世の中が乱れる時である。
君子が正しくしていても、臣下や国民には伝わらない。
悪人が栄え、有徳者は德を隠す。
このような時には、徳のある者は徳を隠し、控えめにするのが良い。


〔根本通明の解釋〕
否は塞がるの義である。
天地陰陽の気が塞がっている。
これは地天泰と反対である。
こうした隔絶をつくったのは匪人である。
匪人は人間でなく、悪の最も大なるものである。
君子が正しい政治を行っても災を受け、小人が権力を握る。
このような状態では咎を無くし、誉も出ないように謹慎しなければ危うい。
大往小来は、陽が外の方へ往ってしまい、陰ばかりが内側に来ることである。
[彖傳]
天の気が上にあり下に降ってこない。
地の気は下に滞って上に騰がっていかない。
天地の気が交わらなければ、萬物は生長して往かない。
上は上で高振って下を顧みず、下は下で上を上と思わず尽くす所が無い。
君臣の道も、親子の道も無く、禽獣の住む所と変わらず、人間の国ではない。
外卦は陽爻で内卦は陰爻である。
これを一人の小人とすれば、内の心は柔弱で陰、外は無理に剛を偽って拵える。
朝廷とすれば、内にばかり在って政務を執るのは小人、外に出て遠くの田舎にまで往くのは君子である。
世の中が欲ばかり盛んになれば、道徳は廃れ、君子の正しい道は段々と消滅してくる。
それを小人の道が長じて、君子の道が消するという。
[象傳]
天地陰陽の気が調和せず、萬物は害を受け、人間の身体も病弱になる。
君子は我が身を全うすることを心掛け、なるべく徳を内に仕舞込んで用いない。
徳を外に顕すと小人に憎まれて必ず害を受ける。官から禄を与えるといっても、出れば害に遭うから賢人は出てこない。
そこで営するに禄をもってすべからず。
後世の本には「栄」の字で書いてあるが、古い方の「営」が正しい。

12/20(月) ䷯ 水風井(すいふうせい) 五爻四爻

12/20(月) 水風井(すいふうせい) 五爻四爻


【運勢】
至誠通天、綺麗な飲み水が皆から好まれる様に、誠実な者の善行を受け入れない者は居ない。
敬い、助け合いの精神が、生活をより豊かにするだろう。
自らを偽る事無く、一貫した姿勢で中正を守る事が大切である。


【結果】
䷯◎⚪︎
水風井(すいふうせい) 五爻四爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 老陽][四爻 老陰]
[三爻 少陽][二爻 少陽][初爻 少陰]
《爻辭》
[五爻 優先][四爻]


【原文】
《卦辭》
井は邑を改めて井を改めず。喪ふことなく得ることなし。往来井を井とす。汔(ほとん)ど至らんとして亦た未だ井に繘(ゐつ)せず。其の瓶を羸(やぶ)る凶。
彖に曰はく、水に巽れて水を上ぐるは井。井は養ひて窮まらず。邑を改めて井を改めざるは乃ち剛中をっ以てなり。汔(ほとん)ど至らんとして未だ井に繘(ゐつ)せずとは、未だ功有らざるなり。其の瓶を羸(やぶ)る、是を以て凶なるなり。
象に曰はく、木の上に水あるは井。君子以て民を勞し、勧め相(たす)く。


《爻辭》
[五爻 優先]
九五。井冽して、寒泉食はる。
象に曰く、寒泉の食はるるは、中正なるなり。
[四爻]
六四。井甃にす。咎なし。
象に曰く、井甃にす、咎なしとは、井を脩むるなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
井は不変の徳がある。常にあり、変化しない。ほぼ到達するのに井の水が出てこない。井は水が出なければ意味がない。至る直前でこぼしてしまったら、汲まないのと同じである。剛中である。だからよくその場にとどまり、変わらない。


《爻辭》
[五爻 優先]
冽は潔なり。中に居りて正を得、剛を體して撓まず。不義を食はず、中正にして高潔なり。故に井冽し、寒泉なり、然る後に乃ち食はるなり。
[四爻]
位を得て應ずるなく、自ら守りて上を給すること能はず。以て井の壞るを脩むべし。過ちを補ふのみ。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
汔はほとんど、繘は井戸の水をくみ上げる綱、瓶は水を汲む器、羸は破れるの意󠄃。内卦は木、その徳は入る。外卦は水。木が水の下に入って水をくみ上げる。よく人を養い、極まることがないのである。二爻も五爻も剛中の才があり、常の徳がある。そして人々を養う。井の水は減りもしないし、増えもしない。往来の人々は、みなその恩恵にあずかる。また、井は水を汲んで初めて役に立つ。水をほとんどくみ上げたところで、綱が上まで来なかったり、器が壊れてしまっては、何の役にも立たない。君子が德を修め、世の中に不正がはびこっても常に一人正しさを守り、世の中にどんな禍󠄃があろうとも不易の道を進む。窮まったり、通ったりで増えも減りもしない。あまねく人々のためになる。終始励み、怠らない。そして成功をおさめるのである。其の志を挫くことは出来ない。


《爻辭》
[五爻 優先]
[四爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
此の井は、俗に言う井戸で、水を汲み上げて以て人を養う所である。井戸の水は人間の徳に譬えたものである。乃ち道徳である。邑が変わり、国が種々に変化しても、道徳は動かすべきものでない。井戸の水は幾ら汲んでも減じて無くなる事は無く、また汲まずに置いても溢れ出る事も無い。地の中に名水を掘り当て清水が湧出するのは、学問を修め仁義礼智の徳が湧き出でて来るが如くである。釣瓶縄を置かなければ之を汲み上げることが出来ないように、道徳ある人物を朝廷へ薦め挙げる人が無ければいけない。しかし、賢人を妬み釣瓶を壊す小人もあり、之は最も凶である。
[彖傳]
下卦の巽は五行では木の象である。其処で瓶に取る。上卦の水の中に瓶を入れる形である。井戸は、水を幾ら汲んで人を養っても尽きることは無い。賢人と云うものも道徳を以て多くの人に施し養うが、道徳は尽きることが無い。此の卦は二爻目と五爻目とも剛中を得ているから、中庸にして長く施して養う所がある。しかし折角井戸を掘っても繘(つるべ)が無い。学問道徳盛んな人があっても、朝廷において挙げて用いなければ養ったところの功が出て来ない。また釣瓶を蠃(や)ぶり、賢人を用いないように讒言を以て害する者がある。是を以て凶である。
[象傳]
木の上に水がある。即ち繘を井戸の中へ入れる形である。水は広く人を養うものであり、農業が最も盛んなるものである。君子は水を以て農民を良く励まし助ける所がある。


《爻辭》
[五爻 優先]
[四爻]

12/19(日) ䷸ 巽爲風(そんゐふう) 四爻二爻

12/19(日) 巽爲風(そんゐふう) 四爻二爻


【運勢】
正しさを守るには、周りの声に耳を傾ける必要がある。
厳しい指摘に反感を持つのでは無く、しっかり聞き従う事が大切である。
相手の意志を尊重出来る人は、相手からも尊重され、結果として何事も上手く行くだろう。


【結果】
䷸◎⚪︎
巽爲風(そんゐふう) 四爻二爻
《卦辭》
[上爻 少陽][五爻 少陽][四爻 老陰]
[三爻 少陽][二爻 老陽][初爻 少陰]
《爻辭》
[四爻 優先][二爻]


【原文】
《卦辭》
巽は小(すこ)し亨(とほ)る。往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。大人を見るに利し。
彖に曰はく、重巽以て命を申(かさ)ね、剛、中正に巽して志行はる。柔皆剛に順ふ。是を以て小し亨る。往く攸(ところ)有るに利(よろ)し。大人を見るに利し。
象に曰はく、隨風は巽。君子以て命を申(かさ)ね、事を行ふ。


《爻辭》
[四爻 優先]
六四。悔亡ぶ。田して三品を獲たり。
象に曰く、田して三品を獲とは、功有るなり。
[二爻]
九二。巽して牀下に在り。史巫を用ふること紛若たり。吉にして咎なし。
象に曰く、紛若の吉は中を得るなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
巽の德であるから、少しうまく行く。上下ともに巽。令に違わず命が行われる。だから命が重なり、事が行われる時、上下ともに巽なのである。巽はよく仕えて行くことである。拒むものはない。大人は巽を用いて道がいよいよ盛んになる。剛が巽を用いる。中正に居るのは譲られたのである。明󠄃は間違えることがない。だから少しうまく行くのである。


《爻辭》
[四爻 優先]
剛に乘りて悔ゆるなり。然るに位を得て五を承く。卑にして奉ずる所を得。柔を以て剛を御すると雖も、尊に依りて正を履む。斯を以て命を行へば、必ず能く強暴なるを獲、不仁なる者を遠ざくるなり。獲て益有るは、三品より善きはなし。故に悔亡ぶ、田して三品を獲と曰ふ。一に曰く乾豆、二に曰く賓客、三に曰く君の庖に充つ。
[二爻]
巽の中心にいて、すでに下位にいる。
陽なのに陰位にいる。
譲るにしても甚だしい。
だから床の下に居るというのである。
下にとどまり続け正しさを失えば、咎や過ちがおこる。
よく中に居て神に対する慎みを尽くして、威勢を用いないでいるならば、吉に至り過ちもなくなる。
だから神明に仕えて居れば、混乱の中、吉を得て問題ないというのである。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
巽は順である。一陰が二陽の下に居て陽に順っている。また、入るという意味もある。風、木、命令を意味する。五爻は剛で中正である。大人の象である。命令に重複がある。初爻と四爻は陰であり、陽に順う。大きなことは出来ないにしても、小さなことは出来る。命令は、剛が過ぎれば厳しすぎて民が従えず、乱れてしまう。柔が過ぎれば緩くなり、秩序が乱れてしまう。剛中の君に柔が順う状況なら、大きな成功は見れなくても、官職について君に仕えるのに支障はない。


《爻辭》
[四爻 優先]
[二爻]
史巫は神に仕えるものであり、紛若は多いことである。
下に居て位を得ず、上に應ずるものなし。
下位に下がって上たるを知らないものである。
巽に過ぎるのである。
だから床下に居るという。
しかし、剛中の徳は失われない。
叮嚀に上と心を通わせようと求めることが、丁度神職が神明に仕えるようであれば、吉であり、問題ない。
卑巽に下に居れば、その志は徳の実践を伴わなくなるが、剛中の徳で誠意を持っていれば、人を動かすに足る。
憂いなし。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
巽は四爻目の陰爻と初爻目の陰爻が卦の主である。
陰爻は、上に重なる陽爻に順っていけば能く亨り、進んで事を行う所に宜しきを得る。
この卦はもとは山風蠱から変わったものである。
天子の晩年に政治が乱れ、崩御後に太子が即位した。
そして朝廷に入り込んだ小人を除きさり、天下を斉(ととの)えた所の象である。
古代、堯が隠居して舜に政を斉えさせたのは、まさに此の卦の義である。
[彖傳]
なし
[象傳]
巽は重ねて命令を下し、能く下へ諭す。
是までの政の弊害を悉く除いた後で命令を下す。
剛は五爻目で、中正の所に坐っており、思う通りに志が行われて往く。
柔は初爻目で二・三爻目に順う。
四爻目も五・上爻目に順う。
そこで小人は大人を見て順い事を行うのが宜しい。


《爻辭》
[四爻 優先]
[二爻]
巽(
)は牀の象がある。
二爻目は上卦の巽の下にあり牀下となる。
九二は陽で貴い身分だが傲らず、初六の陰爻にも交わる。
史は、祭りの文を書いて神に告げる官である。
巫は、舞を巧みにして神に能く事えるものである。
史も巫も孚を以て神の感じる様に能く事える。
九二は、史巫が神に事える如く、孚を以て初六へ交わる。
[象傳]
言葉の綾を盡しても、孚が乏しく外面を飾るだけではいけない。
そこで中を得ることを尚しとする。
二爻目は中を得ているから吉である。

12/18(土) ䷉ 天澤履(てんたくり) 上爻初爻

12/18(土) 天澤履(てんたくり) 上爻初爻


【運勢】‬
志がどれだけ高くても、実力が伴わない様だと事態を悪化させてしまう。
今迄の行いを省み、出来る事を誠実に進めると良い。
柔軟な対応が必要な時は、相手に対して意志を隠さず、ありのままを伝える事が大切である。


【結果】
䷉◎⚪︎
天澤履(てんたくり) 上爻初爻
《卦辭》
[上爻 老陽][五爻 少陽][四爻 少陽]
[三爻 少陰][二爻 少陽][初爻 老陽]
《爻辭》
[上爻 優先][初爻]


【原文】
《卦辭》
虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨(とほ)る。彖に曰はく、履は柔、剛を履(ふ)む。說󠄁(よろこ)びて乾に應(わう)ず。ここを以て虎の尾を履(ふ)む。人をくらはず。亨る。剛中正。帝位を履(ふ)みて疚(やま)しからず。光明あるなり。象(しやう)に曰はく、上天下澤は履。君子以て上下を辨(わきま)へ民の志を定む。


《爻辭》
[上爻 優先]
上九。履を視て祥を考ふ。其れ旋れば元吉なり。
象に曰く、元吉、上に在りとは、大いに慶び有るなり。
[初爻]
初九。素履(そり)す。往くときは咎なし。
象に曰く、素履の往くは、獨(ひとり)願を行ふなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
履は踏むことである。上卦は人で、下卦は虎とされる。下卦の虎が口を開いて人に噛みつこうとしている。人が虎の尾を履んで、大変危うい状況にあるが、機を見るに敏であり助かる。喜んで天命にしたがう心があれば無事に済む。


《爻辭》
[上爻 優先]
禍福の祥、履む所に生ず。履の極に處り、履道成る。故に履を視て祥を考ふべきなり。極に居りて説くに應じ、高くして危ふからず。是れ其れ旋るなり。履の道大いに成る。故に元吉なり。
[初爻]
履の初に處り、履の始めなり。履の道華を惡む。故に素の咎なきなり。履に處るに素を以てす。何ぞ往きて從はざらん。必ず獨り其の願ひを行ふ。物犯すなきなり。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
下の兌の卦が虎で、虎は大臣の象である。革命の卦である沢火革では「虎変ず」とある。虎が乾の卦を履んで行く、つまり大臣が天子に咥ひ付くのである。天子が咥ひ付かれないようにするには、後ろに巡って虎の尾を履んで行けば良い。
[彖傳]
「履柔履剛也」は、乾が兌の前にある、つまり陰爻の兌=柔が陽爻の乾=剛を履んでいることである。虎は始めの内は従順であり、佞人(ねいじん:口先巧みにへつらう、心のよこしまな人)の巧言令色の卦である。天子の思召し通りに何でも其れを輔け、段々と立身し大臣と為ったが、いよいよ欲が深くなって君を侵す勢いとなり、天子は迂闊にしていると噛まれてしまう。そこで天子が虎の尾を履めば噛まれることはなく、道が亨るようになる。上九に「其旋元吉」とあり、上卦が下卦の下に旋(めぐ)って入れ替われば、沢天夬となり、虎の尾を履むことが出来る。そのため九五に「夬履」と云っている。沢天夬に「夬、揚于王庭。孚号、有厲」とあるのは、大臣を撃つことである。これを他の注解は全く書いておらず、下らない解釈ばかりである。
[象傳]
上に天があり、下に沢がある。沢は至って低い所であり、天地よりも天沢の方が猶低い所である。二・三・四爻目に離がある。離には礼儀の象意がある。そいて天沢の二字を用いて「辨上下」とある。つまり礼儀として上と下との区別を立てることである。上下の別を辨じて民の志を定めるのである。民は沢の如く、君は天の如きものであり、沢が上がって天に為るべき道は無い。「定民志」は、上を侵すべき道が無いという事が定まっていることである。


《爻辭》
[上爻 優先]
[初爻]

12/17(金) ䷛ 澤風大過󠄃(たくふうたいか) 五爻初爻

12/17(金) 澤風大過󠄃(たくふうたいか) 五爻初爻


【運勢】
精力的である事は大切だが、独りよがりになってはいけない。
仲間と志を同じくしなければ、かえって混乱を招くだろう。
慎み深く賢人の助言に従い、中正さを保ち続ける事で、歪な関係の修復に努めると良い。


【結果】
䷛◎⚪︎
澤風大過󠄃(たくふうたいか) 五爻初爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 老陽][四爻 少陽]
[三爻 少陽][二爻 少陽][初爻 老陰]
《爻辭》
[五爻 優先][初爻]


【原文】
《卦辭》
大過は棟(むね)撓(たわ)む。往くところ有るによろし。亨(とほ)る。
彖に曰はく、大過は大なるものは過󠄃ぐるなり。棟撓むとは、本末弱ければなり。剛すぎて中。巽にして說󠄁(よろこ)びて行く。往くところ有るによろし。乃(すなは)ち亨る。大過の時、大なるかな。
象に曰はく、澤木を滅するは大過。君子以て獨立して懼れず。世をのがれて悶(うれ)ふることなし。


《爻辭》
[五爻 優先]
九五。枯楊華を生ず。老婦其の士夫を得る。咎なく、譽なし。
象に曰はく、枯楊華を生ず。何ぞ久しかるべきなり。老婦の士夫は亦醜かるべきなり。
[初爻]
初六。藉くに白茅を用ふ。咎なし。
象に曰く、藉くに白茅を用ふとは、柔下に在るなり。


【解釋】
〔王弼の解釋〕
《卦辭》
大なるものはよく過ぎることが出來るものである。
初爻が本であり、上爻が末である。
初爻は陰に居て過ぎるのである。
二爻は中。
弱󠄃の極みであり、衰を興す。
それでも中を失わない。
巽順で喜び行く。
だから難󠄄を逃れる。
君子は為すことがある時である。
大過は普通では及ぶところではない。


《爻辭》
[五爻 優先]
尊󠄄位に居て、陽が陽に居る。
まだ危機を救うことが出来ない。
尊󠄄位を得て、まだ撓むことがないので、華を咲かせることが出来るが、稊を生ずることは出来ない。
夫を得られるが、妻は得られない。
棟が撓む世に咎なく譽もないものでは、長たりえない。
華を生じて久しくない。
[初爻]
柔を以て下に處り、過ぎて以て咎なかるべし。其れ唯だ愼しむのみか。


〔東涯の解釋〕
《卦辭》
陽大であり、陰は小である。
大過は大なる者が過󠄃ぎる。
四つの陽が中心に集まって、二つの陰が外に居る。
陽が過剰に盛んになる。
棟の中心が太く、端が細く弱くなっている。
二爻と五爻が陽剛の才があり、中に居る。
巽順であり、喜びゆく。
うまくいく。
憂虞(ゆうぐ)の時にあれば、陽剛の才が必要である。
或いは厳しすぎ、失うこともある。
棟が撓む時に当たり、剛にして中に居る。
人心が服すのを嫌うと、行きて利なし。


《爻辭》
[五爻 優先]
老婦で、行き過ぎた陰とは上爻である。
士夫とは五爻である。
五爻は大過にあり、陽剛中正である。
下は応じず、上に一陰あるが、生育の功はない。
この老婆と結婚して罪ではないが、褒められたものでない。
人が共に行動するとき、相手を選ばねばならない。
[初爻]


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
上下の陰爻の間に陽爻が四つ連なっており、剛の方が多いため大に過ぎる。
下卦の巽は五行では陰木である。
堅く丈夫な陽木に対して、陰木は柔らかで弱い。
棟ばかり多くても、受ける方の木が弱ければ、棟も撓んで来る。
また兌の卦は水である。
上の水が下に流れて来て、天下の人は皆水中に居るが如くに苦しむ。
此れを救わなければいけない。
進んで往けば志を遂げられる。
[彖傳]
君や役人が大なる事を好んで贅沢が過ぎて居り、其れを受ける方の人民が弱って居る。
陽爻が多く剛が過ぎるが、二爻目も五爻目も中を得て居り、丁度世の中を治めるのに宜しき所がある。
上卦の兌は悦びの象があり、和して人と共に行う。
其処で人の助ける所があり、往く所あって宜しきを得る。
上下共に奢り盛大なる方に過ぎる世であるから、遂に人民は奢りのために倒れるようになる。
此の時に志あるものは大いに為すべき所がある。
[象傳]
楊(やなぎ)が水中に潜って居る。
楊は陰木で水を好むが、過ぎれば害を為す。
上下の陰爻に陽爻が包まれている。
陰爻に挟まれた内側の陽爻を一つと見れば、坎(
)の卦の似体である。
坎の卦は小人であり、洪水の如き世の中である。
しかし君子は我れ一人独立し懼れることは無い。
世を遯れても非望を抱かない。


《爻辭》
[五爻 優先]
折れようとする楊に華が生じる。
二爻目は下方だから根から芽を生じたが、五爻目は上方だから華である。
九五の天子は未だ若いが、小人の為に籠絡されて、枯れかかった楊の様に蠃(よわ)って居る。
しかし精気は十分に在るから華が生じて来るのである。
上六は老婦で年を取った小人で、年若い男を得て意の如くに引き廻して居る。
これは老朽の大臣で、天子は若い王子である。
事は挙がらないが、別に破れも出ない。
一時華が咲いた様でも長くは続かない。
[象傳]
枯れ掛かった楊に丁度華が咲いた様であるが、姑息な遣り方のため長く続かない。
老朽なる大臣が幼年の天子を我が意の如くに引き廻らして居るのは真に醜いものである。
[初爻]