第4回 勉強会

6月28日、209研究室で第4回勉究会が行われた。

前回に引き続き新渡戸稲造著武士道」の要約発表が行われた。

今回は「一章 武士道の淵源」「三章 正義(+愛について)」「四章 勇気」「六章 礼儀」について発表が行われた。

勉強会では、愛と忠義の関係性や、感情に起因するさまざまな行動礼儀が他の要素に比べ低く扱われている事等について、活発な議論が行われた。

顧問の高野先生からは「これら纏めた内容を視覚化すれば、更に理解が深まり、研究会の成果物としても活用出来る」との意見が出された。

視覚化について、会員の一人からは「ワードツリーを活用し、武士道に登場するさまざまな要素を結びつけて、関係性を詳らかにしたら良い」との意見が出された。

第5回勉強会の日程(7/12 18:50〜予定)と発表の担当者が決められた。

6/28 16:50〜19:00 参加者7名

第3回 勉強会

6月14日、209研究室で第3回勉究会が行われた。

新渡戸稲造が1899年に米国で出版した「武士道」の要約発表が行われた。

武士道」は明治期に日本人が英語で書き、日本人の道徳観の核心を世界へ普及させた極めて歴史的に重要な書物である。

今回は「二章 武士道の淵源」「三章 正義」「五章 仁愛不忍の心」について、担当の会員が内容をプリントに纏め、他会員に解説する形で要約発表が行われた。

勉強会当日は、顧問である高野先生の誕生日であり、その祝賀会も併せて行われた。

6/30(木) ䷮ 澤水困(たくすいこん) 三爻二爻

6/30(木) ䷮ 澤水困(たくすいこん) 三爻二爻


【運勢】
不平不満を感じやすい時。
人に多くを求めると辛い思いをする。自分で自分を認める事が大切である。
何事も、来る者拒まず去る者追わずの精神で取り組むと良い。
困難は長く続かない、平常心を保つ事が大切である。


【結果】
䷮◎三⚪︎二
澤水困(たくすいこん) 三爻二爻
《卦辭》
[上爻 少陰][五爻 少陽][四爻 老陽]
[三爻 少陰][二爻 少陽][初爻 老陰]
《爻辭》
[三爻 優先][二爻]


【原文】
《卦辭》
困は亨(とほ)る。貞なり。大人は吉にして咎なし。言ふ有り。信ぜられず。
彖に曰く、困は剛、揜(おほ)はるるなり。險以て說󠄁(よろこ)ぶ。困みてその亨るところを失はず。それただ君子のみか。貞なり。大人は吉。剛中を以てなり。言有り。信ぜられずとは、口を尚(たうと)べば乃ち窮まるなり。
象に曰く、澤に水なきは困。君子以て命を致して志を遂ぐ。


《爻辭》
[三爻 優先]
六三。石に困(くる)しみ、蒺藜(しつれい)に拠る。其の宮に入り、其の妻を見ず。凶。
象に曰く、蒺藜に拠るとは、剛に乗るなり。其の宮に入り、其の妻を見ずとは、不祥なるなり。
[二爻]
九二。酒食(しゆしよく)に困む。朱紱(しゅふつ)方(まさ)に來る。用ひて享祀(きやうし)するに利し。征けば凶。咎なし。
象に曰く、酒食に困むとは、中、慶有るなり。


【解釋】
〔王弼、東涯の解釋〕
《卦辭》
困は苦しむことである。しかし、最後は苦しいながらも屈することなく困難から脱出できるだろう。正しく生きるということは元々困難なものである。それでも正しいことを続けていかなければならない。徳のない人にはできないことである。口で立派なことを言っているだけでは駄目である。行動が伴わないと信用されない。


《爻辭》
[三爻 優先]
石の物爲るや、堅にして納れざる者なり。四を謂ふなり。三は陰を以て陽に居り、志武き者なり。四は自ら初を納れ、己を受けざる者なり。二は據る所に非ずして、剛の乘る所に非ず。上には比しみて石に困しみ、下には蒺藜に據る。應ずるなくして入れば、焉んぞ配耦を得ん。困に在りて斯に處れば、凶其れ宜なるなり。
[二爻]
二爻は才徳ある人だが、初爻と三爻の陰に挟まれて動けない。
水は北方であり、朱紱(しゅふつ)は南方のものである。遠方から人が来る。自分から行こうとしてはならない。留まっていれば、最終的には五爻の君に登用されるという意外な慶事がある。


〔根本通明の解釋〕
《卦辭》
上卦の兌は堤防で水を止めて置く所である。他方、下卦の坎は流れる水である。つまり堤防の底から水が流れており、貯えた水が尽きて無くなる。即ち水不足による困となる。『説文解字』には、古廬(古き家)とあり、家の用を為さないことが困とある。しかし人というものは、困難に遭うことで益々奮発し気力が振るう。其れで大いに亨る所がある。孟子にも、天が国家の大事を任せ得ると思う人間に対しては、天の方から困難を与えるとある。九二は剛中で中を得ており大人(たいじん)であるが、初爻と三爻目の二陰=小人(しょうじん)に一陽が挟まれている。つまり君子が小人の為に苦しめられる所の象である。もし讒言に罹っても、正しきを弁ずるのはいけない。ここで君子は争わずに時を待たねばならない。
[彖傳]
「剛弇(おお)はるる」というのは、二爻目が陰爻に挟まれていることである。「険以説」というのは、困難の中にあって困らず、身が苦しくても心は道を失わず、亨る所となる。「言あるも信ぜられず」というのは、困難に遭った時に正しい所を弁じてはかえって窮する。それで言わない方が良いのである。
[象傳]
水が無くなり窮する所となるが、君子は天より享けた命=道徳を行う。何処までも履(ふ)んで行こうとする志を遂げるのである。


《爻辭》
[三爻 優先]
[二爻]
九二は賢人である。初六と六三の間で甚だ苦しめられ、酒も飲めず食も得られない。食貧は『論語』にも『詩経』にもある。「朱紱」は天子を指しており、紱は礼服の時に前方に垂れている朱で染めた服である。天子は自ら賢人を招聘するため「方に来る」のである。三顧の礼と同じである。この時に九二の賢人は自分から君の方へ出向いてはいけない。「征くは凶」である。しかし咎が有るわけではない。道徳を以て孚(まこと)を尽くす所なのである。「享祀」は二・三・四爻が離の卦になっているから夏の象がある。つまり夏の祀りである。夏の祀りはお供え物を専らにするよりも、ただ孚を以て神を感じる所が主である。
[象傳]
酒食に困する中にして喜びがある。やはり君子は小人を用いる時に当たっては窮している方が宜しい。中庸の道を守っていれば、後には喜びが出てくる。