乾 爲 天
けんゐてん
The Creative Heaven
乾。元亨。利貞。
彖曰、大哉乾元。萬物資始。乃統天。雲行雨施。品物流形。大明終始。六位時成。時乘六龍。以御天。乾道變化。各正性命。保合大和。乃利貞。首出庶物。萬國咸寧。
象曰、天行健。君子以自彊不息。
乾は、元いに亨りて、貞しきに利し。
彖に曰く、大なるかな乾元。萬物資りて始まる。乃ち天を統ぶ。雲行き雨施して、品物形を流く。大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六龍に乘りて以て天を御す。乾道變化して、各々性命を正しくし、大和を保合す。乃ち貞しきに利ろし。首として庶物に出で、萬國咸く寧し。
象に曰く、天行は健なり。君子以て自ら彊めて息まず。
乾の卦は、大いに萬事が通じる。ただし正しき道を守ることが肝要である。
彖伝にいう。偉大なるかな乾の元氣よ。萬物はこれを資として生まれ始まる。すなはち天を統べ治める。雲が流れ雨が降り注ぎ、あらゆる種類の物がそれぞれの形をなして天下にあふれる。大いに始めと終はりを明らかにし、六つの爻の位が時のよろしきに従ひて成る。時として六頭の龍に乗りて天の道を統御する。乾の道は変化し、各々その本性と命を正しくし、大いなる調和を保ち合ふ。すなはち正しきに利ろし。萬物の上にぬきんでて、萬國ことごとく安らかになる。
象傳にいう。天の運行は剛健にして間断なく休まない。君子はこれに倣ひ、自ら励み努めて休まない。
乾爲天は六十四卦の筆頭に置かれ、純陽六爻すべてが陽よりなる唯一無二の卦である。「乾」とは天・君・父・剛・健の象意を持ち、宇宙の創造的原理そのものを示す。「元亨利貞」の四德については孔子先生の文言傳に詳しく、元は善の始まり(仁)、亨は美の集ひ(禮)、利は義の調和(義)、貞は事の根幹(智)と解される。天道の自強不息の精神を身に帯び、龍の象に倣ひて時に應じた進退こそこの卦の要諦である。強盛であるがゆゑに容易に凶となる危険をはらんでをり、「亢龍悔いあり」の戒めを深く銘記すべし。
易経64卦のトップに立つ卦で、6本すべての爻が陽(━━━)という、力を極めた特別な存在です。天・太陽・父・リーダーの象徴。「元亨利貞」は「大きく開き、よく通り、正しくあれば吉」という四つの徳であり、人間の仁・礼・義・智にあたります。この卦の最大の教訓は「強さの先にある驕り」への警告。飛龍(九五)の次には亢龍(上九=悔い)が待っています。力があるときこそ、引き際を知ることが問われます。
易経にある六十四種類の卦のなかで、一番最初に置かれた特別な卦です。六本の線がすべて強い陽の力でできており、天・太陽・父親・リーダーを象徴します。この卦には四つの徳が示されていて、大きな始まり・物事がよく通ること・利益と正しさの調和・揺るがない誠実さを表しています。これらはそのまま、人間として大切な思いやり・礼儀・正しさ・かしこさに通じます。この卦が最後に伝えようとしているのは、強さへの警告です。龍が天高く飛んだ次の段階では、登りすぎた龍が後悔する場面が描かれています。力が頂点に達したその瞬間こそ、自分を戒めることが最も大切だというのがこの卦の核心です。
乾爲天は六十四卦の筆頭に置かれ、純陽六爻すべてが陽よりなる唯一無二の卦である。「乾」とは天・君・父・剛・健の象意を持ち、宇宙の創造的原理そのものを示す。「元亨利貞」の四德について文言傳は「元者善之長也、亨者嘉之會也、利者義之和也、貞者事之幹也」と解し、元は仁(善の首)、亨は禮(美の集ひ)、利は義(利と義の調和)、貞は智(事の根幹)に配する。彖傳が説く「保合大和、乃利貞」とは、天道が萬物の性命を正しくさせ大いなる調和を実現することこそ、利貞(義と正)の眞意であることを示す。大象傳の「天行健、君子以自彊不息」の十字は本會が最も重視する格言の一つであり、天は片時も休まず運行するこの無窮の生命力を見習ひ、君子は己を勵まし続けることを説く。強盛であるがゆゑに容易に凶となる危険をはらんでをり、「亢龍悔いあり」の戒めを深く銘記すべし。
「元亨利貞」を分解すると。元は「大きな始まり・仁」、亨は「物事がよく通る・礼」、利は「利と義が調和する・義」、貞は「正しく揺るがない・智」。この四徳は人間の徳の根本そのものです。彖伝が語る「保合大和」とは、天が万物それぞれの本性を正しく育て、大きな調和を保つこと。大象伝の「天行健、君子以自彊不息(天の運行は休まない。君子もまた自ら励み続けよ)」は、東洋文化硏究會が最も大切にする言葉です。そして乾卦の裏の顔として、飛龍の先には「亢龍悔いあり」が待つという戒めも、この卦を学ぶ者が最初に心に刻むべき教訓です。
この卦には四つの徳が示されています。大きな始まりの力、物事がすんなりと通る力、利益と正しさがうまく調和する力、そして何があっても揺るがない誠実さです。この四つは、人間として本来もつべき思いやり・礼儀・正しさ・かしこさと、そのまま重なります。天は片時も休まずに動き続けています。その姿を見習い、立派な人もまた自分を励まして休まずに努めよ、というのが東洋文化研究会が最も大切にしている教えです。そしてこの卦には裏の顔があります。どんなに高く飛んでも、行き過ぎると必ず後悔が来る。この警告を最初に心に刻むことが、この卦を学ぶうえで一番重要なことです。
卦 辭
乾。元亨。利貞。
乾は、元(おほい)に亨(とほ)りて、貞(ただ)しきに利(よろ)し。
乾の卦は、大いに萬事が通じる。ただし正しき道を守ることが肝要である。
彖 傳
大哉乾元。萬物資始。乃統天。雲行雨施。品物流形。大明終始。六位時成。時乘六龍。以御天。乾道變化。各正性命。保合大和。乃利貞。首出庶物。萬國咸寧。
大なるかな乾元。萬物資りて始まる。乃ち天を統ぶ。雲行き雨施して、品物形を流く。大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六龍に乘りて以て天を御す。乾道變化して、各々性命を正しくし、大和を保合す。乃ち貞しきに利ろし。首として庶物に出で、萬國咸く寧し。
偉大なるかな乾の元氣よ。萬物はこれを資として生まれ始まる。すなはち天を統べ治める。雲が流れ雨が降り注ぎ、あらゆる種類の物がそれぞれの形をなして天下にあふれる。大いに始めと終はりを明らかにし、六つの爻の位が時のよろしきに従ひて成る。時として六頭の龍に乗りて天の道を統御する。乾の道は変化し、各々その本性と命を正しくし、大いなる調和を保ち合ふ。すなはち正しきに利ろし。萬物の上にぬきんでて、萬國ことごとく安らかになる。
大象傳
天行健。君子以自彊不息。
天行は健なり。君子以て自ら彊めて息まず。
天の運行は剛健にして間断なく休まない。君子はこれに倣ひ、自ら励み努めて休まない。
乾は純粋の陽氣、宇宙の大元氣であり、萬物生成化育の根源である。「元亨利貞」の四德は仁禮義智に通ずるものであり(文言傳「元者善之長也、亨者嘉之會也、利者義之和也、貞者事之幹也」)、君子の道の根本を説くものである。「天行健、君子以自彊不息」こそ乾卦の精髓であり、易學修行の根本方針として肝に銘ずべき十字である。
文言傳(卦辭)「元亨利貞」四德の解釋 ▾
出典:孔子先生撰とされる『文言傳』(十翼のうち)
元者善之長也。亨者嘉之會也。利者義之和也。貞者事之幹也。君子體仁足以長人。嘉會足以合禮。利物足以和義。貞固足以幹事。君子行此四德者、故曰乾。元亨利貞。
元は善の長なり。亨は嘉の會なり。利は義の和なり。貞は事の幹なり。君子仁を體して以て人に長たるに足り、嘉會は以て禮に合するに足り、物を利して以て義に和するに足り、貞固は以て事を幹するに足る。君子この四德を行ふ者なり。故に「乾、元亨利貞」といふ。
元は善の首(おびと)、亨は美の集ひ、利は義との調和、貞は事の根幹である。君子が仁を体得すれば人々の長となるに足り、嘉(よ)き集ひは禮に合するに足り、物を利することは義に和するに足り、貞固さは事を成し遂げるに足る。君子はこの四德を行ふ者であるから、乾は「元亨利貞」と言はれる。
程伊川先生『易程傳』 ▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は「元亨利貞」を天の四德として読む。「元者萬物之始、亨者萬物之長、利者萬物之遂、貞者萬物之成」。元は萬物の始まり、亨はその成長、利はその成就、貞はその完成であり、春夏秋冬の四季に対応するとする。また乾卦を通じて聖人の道(仁義礼智)を示すと解し、彖傳の「保合大和、乃利貞」については萬物が各々性命を正しくして調和を保つことこそ利貞の實義と説く。
朱熹先生『周易本義』 ▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は「元亨利貞」を占法上の辞として捉へ、「大いに通じ、貞(正しくあること)に利あり」の意に帰す。また、文言傳の四德解釋(元→仁、亨→禮、利→義、貞→智)は卦辭本来の意味ではなく、孔子先生の演繹的解釋であると峻別する。彖傳「乾道變化、各正性命」については、陰陽の氣によつて萬物が化生する際に各々の本性(性)と禀賦(命)が賦与されるとし、宇宙的生成論として解す。
王弼先生『周易注』(義理易の祖) ▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏、226〜249年)
王弼先生は乾の彖傳注において「剛健中正、純粹精也」と乾の本質を定義する。「元亨利貞」については義理派の立場から、乾の德の全体的な表現として捉へ、個別の文字解釋よりも乾全体の德性を重視する。王弼先生の注は「時・位」を基軸に各爻を解釋する方法論を確立し、象数を排した義理解釋の先駆となつた。「大明終始」については陰陽の終始を明らかにする乾の性質と解す。なほ「以无爲爲體」といふ表現は王弼先生の注の表現のニュアンスを後代が敷衍したものであり、乾の德が作爲なく自然に萬物を生育することを表す。
来知徳先生『周易集注』(錯綜説) ▾
出典:来知徳先生『周易集注』(明、1525〜1604年)
来知徳先生は独自の「錯卦・綜卦・互卦・象」の四体系で易を解く。乾の錯卦は坤であり、乾坤は相錯して宇宙の両極を形成する。「元亨利貞」の四德について来知徳先生は「元は春・東・木・仁に配し、亨は夏・南・火・禮に配し、利は秋・西・金・義に配し、貞は冬・北・水・智に配す」とする四季・五行配當説を展開する。またこれは程伊川先生の「元者萬物之始……」の四段階説と方向性を共にしながら、五行・方位との対応で独自性を発揮する。
伊藤仁斎先生・荻生徂徠先生(日本古學派) ▾
帛書易経(馬王堆出土)との比較 ▾
参考:1973年湖南省長沙市馬王堆漢墓出土帛書易経
1973年に出土した馬王堆帛書易経では、乾卦は「鍵」と記されてをり、現行の「乾」字とは異なる。また卦辞「元亨利貞」は帛書でも同様であるが、爻辞の一部に通行本と異なる文字が見られる。帛書易の発見は易経の成立・伝承史を再考させる重要な資料であり、現行テキストが複数の伝本から形成されたことを示す。乾卦の根幹的内容は通行本と一致しており、卦辞の信頼性を裏付ける。
潛 龍 勿 用
せんりょう もちゐるなかれ
初九は乾卦の最下位に位する陽爻。龍は神變不可思議なる聖人君子の象徴であるが、この時點では未だ深淵に潜む。文言傳の孔子先生の説明が雄辯に語るごとく、この龍は徳を持ちながら隱れ、世俗に流されず、評價されなくても意に介しない。靜かに修養に励む眞の君子像がここに示される。易の第一卦の第一爻に置かれたことは深い意味を持ち、あらゆる偉大な事業も、まずは潛龍の段階から始まるといふ宇宙の原理を示してゐる。現實的には、新たな事を始めようとする際の心得として、準備・修養・忍耐の大切さを教へる。
才能はあるけれど、まだ出るタイミングではない状態です。深い淵に潜む龍のように、今は目立たず黙って力を蓄える時期。評価されなくても焦らない、誰にも気づかれなくても揺るがない。そういう静かな強さが問われます。どんな偉大な仕事も、必ずこの「潜伏期間」から始まります。今の自分の状況がもどかしく感じるときこそ、この爻を思い出してください。
才能はあるのに、まだ出番ではない時期を表す爻です。深い水の底に潜んでいる龍のように、今は目立たず静かに力を蓄えるべき時です。評価されなくても焦らない、誰にも気づかれなくても自分を見失わない。そういう静かな強さが、この時期に最も大切なことです。どんなに大きな仕事も、必ず見えない準備の時間から始まります。今の自分がもどかしいと感じるときこそ、この教えを思い出してください。
爻 辭
初九。潛龍。勿用。
初九。潛龍、用ゐること勿れ。
初九。水中に潛む龍のごとく、いまはその力を表に出してはならない。
小象傳
潛龍勿用。陽在下也。
潛龍用ゐること勿れとは、陽の下に在るなり。
陽氣がまだ最下位に潛んでゐる状態であるからである。
文言傳(初九)
龍德而隱者也。不易乎世。不成乎名。遯世无悶。不見是而无悶。樂則行之。憂則違之。確乎其不可拔。潛龍也。
龍德ありて隱るる者なり。世に易へず、名を成さず。世を遯るれども悶ふることなく、是とせられざれども悶ふることなし。樂しめば則ちこれを行ひ、憂ふれば則ちこれを違る。確乎としてその拔く可からざるは、潛龍なり。
龍のやうな徳を持ちながら隱れてゐる者のことである。世に流されて主義を変へず、世間に名を立てようともしない。世を逃れても心に悶えなく、誰にも認められなくても不満に思はない。楽しめるときはその道を行ひ、危ふきときはこれを避ける。その志はいかなることがあつても揺るがない。これが潛龍である。
潛龍は最下爻に位し、徳はあれど未だ出處の時にあらず。聖人が野に在つて天下の大事を担ふ前の準備の象。學問に勵み、内なる德を養ふことこそ此の時の要諦である。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は初九を「潛龍也、陽之在下」と解する。龍は陽剛の至なる聖人の象であるが、初九は最下位ゆゑに位を得ず、時も未だ至らず。「聖賢の道は時を待つ」。これが初九の本義であり、無理に用ゐず潛んで德を養ふのが正道とする。才德あれども時を得ざる者はこの象に当たり、焦らず内なる充実を期すべしと説く。
朱熹先生『周易本義』▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は「潛龍勿用」を「陽氣潛藏於下、未可施用」と解する。占法上は「得此爻者、其占如此」。この爻を得た者は、德があつても活用する時ではなく、隠忍自重すべき時である。また文言傳の「龍德而隱者也」について、聖人の德(龍德)を有しながら時が未熟であるがゆゑに身を潛める状態であり、軽率に出ることを戒めるとする。
王弼先生『周易注』▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏)
王弼先生は乾注において各爻を「時・位」の観点から解釋する義理易の祖である。初九については「陽在下也」の小象傳に倣ひ、その位が最下位であるゆゑに潛んで動かないことが正しい在り方とする。王弼先生の易は老荘の道家思想を背景とし、「時と位を基軸に各爻を解釋する」方法論を確立した点で後世の義理学派に大きな影響を与へた。
孔穎達先生『周易正義』▾
出典:孔穎達先生『周易正義』(唐)
孔穎達先生は疏(注釈)において「此言龍德聖人之德也」と明示し、潛龍は聖人の德を備へながら世に出ない状態と解する。「不易乎世」とは世俗の流れに動かされて操節を変えないこと、「不成乎名」とは名聲を求めないこととして詳解する。唐代の標準的解釋として後世に広く受容された。
山崎闇齋先生(垂加神道・崎門学)▾
参考:垂加神道・崎門学の易解釋
山崎闇齋先生は易を神道的宇宙論と結合して解釋し、「潛」を神道における「幽」の概念に重ねる。また闇齋門下の崎門学は『大学』『中庸』と易を結びつけ、「愼獨」(一人居る時に愼む)の修養論と潛龍の精神を一体のものとして教授した。「龍德而隱者也、不易乎世、不成乎名」の精神は、崎門学が重んずる尊王・誠実の學問の基礎とも通じる。
来知徳先生『周易集注』▾
出典:来知徳先生『周易集注』(明)
来知徳先生は「錯卦・綜卦・互卦・象」の独自体系で乾卦を解く。乾の錯卦は坤(地)であり、潛龍の「潛」には坤(地)の下に潛む象が含まれると見る。また「勿用」は時機の問題であり、時が至れば必ず用ゐられるという積極的な含意があると解す。
高亨先生『周易古経今注』(現代考証学)▾
出典:高亨先生『周易古経今注』(1958年)
高亨先生は文献学・訓詁学の立場から易の原義を追究する。「潛龍」については古代人が実際に観察した自然現象(龍の原型は大蛇・鰐の類とも)に基づく原始的な象辞と解する。義理的・哲学的解釋を後代の付会として慎重に区別し、「勿用」は純粋に「用ゐるべからず」の占辞と結論する。現代中国易学研究の基礎的立場を示す。
見龍在田 利見大人
けんりょうでんにあり たいじんをみるによろし
九二は下卦の中に位し、陽爻が陰位(二爻は陰位)に居て「得中・失正」の爻である。剛中の徳は備へるが位は正を得ない。潛龍の修養期を経た龍が初めて世に現れた象であり、世間がその存在を認識し始める段階を示す。「大人を見るに利ろし」の大人は、すでに位を得た賢人・上位者のことであり、良き師・友・上司に会ふことが吉となる。また「利見大人」は、この爻が大人の德を備えてゐるがゆゑに、世の人がこの大人を見ることに利益があるとも解釋される(両義あり)。文言傳の「學以聚之、問以辯之、寛以居之、仁以行之」の四徳の実践こそ、この段階の君子の具体的な在り方である。
長い準備期間を経て、ようやく才能が認められ始めた段階。龍が地上に姿を現したように、社会で少しずつ存在感を出し始める時です。今この時に大切なのは「大人(すぐれた人・良き師)に会うこと」。一人で頑張るより、信頼できるメンターや上司と出会うことが吉。文言伝の四箇条「学んで積み、問いかけて深め、広い心で構え、仁の心で実行する」が、この時期の具体的な過ごし方です。
長い準備の時間を経て、ようやく才能が世の中に認められ始めた段階です。龍が地上に姿を現したように、少しずつ存在感が出てきた時期です。このときに一番大切なのは、すぐれた人や信頼できる師・上司と出会うことです。一人で頑張るよりも、よき導き手と出会うことが大きな助けになります。孔子先生は、この時期の過ごし方として四つのことを教えています。学んで知識を積み上げること、問いかけることで理解を深めること、広い心で人と向き合うこと、思いやりをもって実際に行動すること。この四つが、この段階の君子の具体的な生き方です。
爻 辭
九二。見龍在田。利見大人。
九二。見龍、田に在り。大人を見るに利ろし。
九二。龍が地上の田に現はれた。偉大な人物に会ふのがよい。
小象傳
見龍在田。德施普也。
見龍田に在りとは、德の施し普きなり。
龍が田に現れるとは、その德の恩澤が廣く普及することを意味する。
文言傳(九二)
君子學以聚之。問以辯之。寛以居之。仁以行之。易曰。見龍在田。利見大人。君德也。
君子は學以てこれを聚め、問以てこれを辯じ、寬以てこれに居り、仁以てこれを行ふ。易に曰く、「見龍田に在り、大人を見るに利ろし」とは、君の德あるなり。
君子は學問によつて德を積み、問ひによつて疑ひを解き、寛やかな心でその德に安住し、仁の心でこれを實踐する。「見龍田に在り、大人を見るに利ろし」とは、この爻に君主たる德があることを示す。
九二は下卦の中央に位する陽爻。剛中の德を備へ、天下の人がその德を仰ぎ慕ふ段階。まだ君主の位にはないが、すでに天下に君たるべき德を培ってゐる。學・問・寛・仁の四者を以て人格を磨く時である。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は「見龍在田」を聖人の徳が地上に顕れた象と解する。下卦の中央に位し、得中の君子の象であり、天下の人々がその德を見て従ふ。この爻の「大人」は上にある九五の聖人君子であり、同時に九二自身も大人の徳を持つ。德を以て下に在りて上の君(九五)に事へる姿は、聖人の臣として理想的な位置とする。程伊川先生は九二と九五がともに「中」を得てゐることから、両者は互ひに「利見」。見ることに利があると解する。
朱熹先生『周易本義』▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は占法上、九二を「剛中」(剛にして中を得る)の大人の爻と解し、師・賢者・目上に会ふことが利あると占断する。「利見大人」の大人は九二・九五の両方に当たり得るとし、占ひにて得た者は良き指導者・師を求めるべき時であるとする。文言傳の学・問・寛・仁の四者実践については「進德修業の道」として特に重視する。
象数学派(京房先生・虞翻先生)▾
高島嘉右衛門先生『高島易断』▾
参考:高島嘉右衛門先生『高島易断』(明治期)
明治の易学者高島嘉右衛門先生は「見龍在田」を、実際の占事において「時機来到、人材躍進の象」と捉へた。九二を得た占は「積年の修業が実を結び、世に出る時機」であり、目上の賢者・上司の引きを受けて活躍し始める吉占と判断する。先生の『高島易断』は六十四卦各爻に実際の占例(明治期の政財界の事例)を付して解説しており、九二の占例としては「在野の実力者が登用される」ケースが多く挙げられる。
王弼先生『周易注』▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏)
王弼先生は九二を「居中不偏」の爻と解する(注「德施周普、居中不偏、雖非君位、君之德也」)。九二は陰の位(二爻は陰位)に陽爻が居ることで、剛柔が調和した状態にある。「田」とは地の象、すなはち人間社会において活躍し始める場を示す。王弼先生の義理易では、龍が田に現れるのは德が内から外に向かつて発揚し始めた象であり、「利見大人」はその德を認める者・賢者を得ることで、双方に利があると解する。位は高くないが、中庸の德によつて自然と人心が集まる段階とする。
孔穎達先生『周易正義』▾
出典:孔穎達先生『周易正義』(唐)
孔穎達先生は疏(注釈)において小象傳の「德施普也」を詳解する。龍が田(地上)に現れ、その德の恩澤が廣く普及するとは、まだ天子の位にない賢者が在野にあつて民衆に近い場所で德を施す象を指すとする。「利見大人」については、聖人君主と才德ある臣下が互ひに「見る」ことで利益があると解し、九二自身が大人の德を備へてゐるがゆゑに大人に見られることもまた吉とする双方向の解釋を展開した。唐代の国家的解釋として、師弟・君臣の正しき関係を説く標準的見解となつた。
終日乾乾 夕惕若 厲无咎
しうじつけんけん ゆふべにてきじゃくたれば あやうけれどもとがなし
九三は下卦の最上位、上下卦の境界に立つ危険な位置である。剛が重なり(重剛)、且つ中庸の位を得ないため、本来は最も危ふい爻とされる。しかしながら文言傳が教へるやうに、忠信によって徳に進み、誠実を以て言葉を立て、知ることと終へることを心得た君子であれば、この難所も乗り越へられる。「乾乾」は天の太陽が間断なく運行する象から取られ、終日の不断の努力を意味する。「夕惕若」の「夕」は一日の終はりに省みる時間、すなはち毎日の内省の実践を象徴する。現代に当てはめれば、中堅として多くの責任を負ひながら、日夜努力を怠らない姿に重なる。
組織の中堅として、上からも下からも責任を問われる、一番しんどいポジションです。本来は最も危険な爻ですが、救いがあります。「毎日全力で取り組み、夜には今日を振り返る」この習慣さえあれば、ピンチを乗り越えられる。「乾乾(けんけん)」とは休まず努め続けること、「夕惕若(せきてきじゃく)」とは夕べに反省すること。朝から晩まで懸命に、夜には静かに今日を見直す。シンプルだけれど、危機を生き抜く本質的な方法です。
上の人からも下の人からも責任を求められる、組織のなかで最もしんどいポジションを表す爻です。もともと最も危険な位置なのですが、救いがあります。朝から晩まで全力で取り組み、夕方には今日の自分を静かに振り返る。この習慣さえあれば、どんな危機も乗り越えられると易経は言います。朝は全力で動き、夜は落ち着いて自分を見つめ直す。このシンプルな繰り返しが、険しい時期を生き抜くための本質的な方法です。
爻 辭
九三。君子終日乾乾。夕惕若。厲无咎。
九三。君子、終日乾乾とし、夕べに惕若たれば、厲うけれども咎なし。
九三。君子は一日中休まず努め、夕方にも尚ほ戒め慎む。危うい位置にあるが、過ちはない。
小象傳
終日乾乾。反復道也。
終日乾乾すとは、反復の道なり。
一日中休まず努め励むとは、その道を繰り返し實踐することの謂ひである。
文言傳(九三)
君子進德修業。忠信所以進德也。修辭立其誠。所以居業也。知至至之。可與言幾也。知終終之。可與存義也。是故居上位而不驕。在下位而不憂。故乾乾因其時而惕。雖危无咎矣。
君子は德に進み業を修む。忠信は德に進む所以なり。辭を修めてその誠を立つるは、業に居る所以なり。至るを知りてこれに至るは、與に幾を言ふ可きなり。終はるを知りてこれを終はるは、與に義を存す可きなり。是の故に上位に居れども驕らず、下位に在れども憂へず。故に乾乾として、その時に因りて惕れば、危うしと雖も咎なきなり。
君子は德に進み業を修める。忠信によつて德に進み、言葉を磨いて誠実さを立て、業を積む。至るべきを知つてそこに至るは機微(きび)を語り合へる者だ。終はるべきを知つて終はるは義を守り合へる者だ。ゆゑに上位に居ても驕らず、下位に在つても憂へない。乾乾として時に因りて惕れば、危ふくとも咎なし。
九三は下卦の頂上、重剛にして中を得ず、最も危険な位置。しかし君子として徳を修め、朝から晩まで懸命に努力し、夕には己を振り返る謹慎の心があれば咎を免れる。自彊不息の精神の極致である。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は九三を「剛而不中」の位と見る。重剛(陽の位に陽爻)で下卦の頂に在り、上下の境界にある危険な位置である。しかし乾の健德を十全に発揮し、終日不断に自彊し、夕には謹慎する姿勢こそが危機を回避する道とする。文言傳の「居上位而不驕、在下位而不憂」の句は、いかなる位にあつても動じない君子の安心立命の境地を示すとする。
朱熹先生『周易本義』▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は九三について「剛而不中」と評し、陽の位に陽爻が居る(正を得る)が中を得ない危ふい位置であることを強調する。「厲无咎」は危うい状況ではあるが、乾乾として終日努め夕べに惕れば、過ちを犯さずに済む。占的には警戒を要する時であり、日々の努力と夕べの反省を怠つてはならぬとの占断を示す。
曾国藩先生の実践(座右の銘として)▾
禅・武道・茶道との比較▾
「終日乾乾、夕惕若」は禅修行の「行住坐臥みな禅定」とは、あらゆる日常が修行の場であるとの精神と深く共鳴する。武道においても「道場の稽古のみにあらず、日常の一挙一動が稽古」との考へはこの精神を体現してゐる。宮本武蔵が『五輪書』に記した「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」も、九三の乾乾(たゆまぬ修練)の精神に通底する。また茶道の「日々是好日」の精神、すなわち毎日を生き切る姿勢も、この爻の「反復の道」と重なる。
伊藤仁斎先生(日本古學派)▾
参考:伊藤仁斎先生『童子問』・古義学の易経観
伊藤仁斎先生は朱子先生の形而上学的易解釋を退け、易を古代の占書として読まうとした古義学の立場から、「終日乾乾、夕惕若、厲无咎」を占辞として純粋に読む。しかし仁斎先生の仁学においては、文言傳の「君子進德修業」の精神こそ仁の実践と直結するとして高く評価する。「忠信」を德進の根本とする文言傳の主張は、仁斎先生の「仁とは愛の理」の主張と共鳴する。
王弼先生『周易注』▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏)
王弼先生は九三を「重剛而不中、居下卦之上」と捉へ、剛が重なり中を得ないため本来は危険な位置とする。しかし「乾乾」の努力によつてその危機を乗り越へることができるとし、義理易の観点から德の自彊こそが「无咎」の根拠であるとする。王弼先生は象数的な爻位の危険性を認めつつも、君子の主体的な道德的努力によつて運命が変じうると説き、後世の義理派解釋の基盤を築いた。
来知徳先生『周易集注』▾
出典:来知徳先生『周易集注』(明)
来知徳先生は錯卦・綜卦の体系で九三を解く。乾の錯卦は坤であり、乾の剛健の背後には坤の柔順・謙退が常に伴ふことを示す。九三「終日乾乾」の努力は、単なる强引な前進ではなく、坤の謙退の精神を内包した動的な謙虚さであるとする。来知徳先生はまた「夕惕若」の「夕」を陰の時間(内省の時)として、乾(陽・行動)と坤(陰・反省)の交替こそが「反復の道」(小象傳)の具体的内容と解する。
高島嘉右衛門先生『高島易断』▾
参考:高島嘉右衛門先生『高島易断』(明治期)
高島嘉右衛門先生は九三を「重剛不中、最も危険な爻」と評しつつも、「終日乾乾、夕惕若」の修養によつて咎を免れる可能性がある爻として実占に活かす。占断としては「精進努力の時。現状維持に励み、慢心を戒めよ」と示し、特に中間管理職・修業中の者にとつての警告の卦と位置づける。実際の占例として、商機に焦つて動いた商人が失敗した事例と、逆に慎重に研鑽を続けた者が後年に飛躍した事例を対比して挙げてゐる。
或躍在淵 无咎
あるひはをどりてふちにあり とがなし
九四は上卦の入口に位し、九五の君位のすぐ下に在る重臣・輔弼の爻。「或(あるひは)」の一字に深い含みがあり、確定せず揺れ動く龍の内なる模索を示す。上に躍り出るか、淵に潜んで時を待つか。どちらを選択しても、時に応じた選択であれば過ちにはならない。文言傳において「上下无常、非爲邪也。進退无恒、非離群也」と説き、状況に応じた柔軟な進退こそ君子の道であると示す。これは優柔不断を意味するのではなく、時勢を読んだ上での審重な判断力の重要性を教へる爻である。乾卦で唯一「吉」も「凶」も明示されない爻であることも、この迷ひの局面を象徴する。
トップのすぐ下、ナンバー2の位置。「あるいは躍る、あるいは淵に留まる」。進むべきか待つべきか、判断が難しい局面です。注目すべきは、乾の六爻の中でこの爻だけ「吉」も「凶」も書かれていないこと。それだけ選択が難しい、ということです。大切なのは優柔不断ではなく、時をよく読んだ上での柔軟な判断。「今動くこともある、今待つこともある、どちらも正解になりうる」。この爻が教えるのは、臨機応変の知恵です。
トップのすぐ下、組織のナンバー2の位置にいる爻です。飛び出すべきか、それとも深い淵に留まって時機を待つべきか、判断が難しい場面です。注目すべきことに、乾の六つの爻のなかでこの爻だけは、よいとも悪いとも書かれていません。それだけ状況によって答えが変わる、難しい局面だということです。今動くのも正解、今待つのも正解、どちらも時と場合によってあり得る。この爻が教えているのは、状況をよく読んだうえで柔軟に判断するという知恵です。
爻 辭
九四。或躍在淵。无咎。
九四。或いは躍りて淵に在り。咎なし。
九四。龍は躍り上がるか、或は深い淵に留まるか、迷ふ段階にある。過ちはない。
小象傳
或躍在淵。進无咎也。
或いは躍りて淵に在りとは、進みて咎なきなり。
或いは躍るか淵に留まるかとは、(時に応じて)進んでも咎がないことをいふ。
文言傳(九四)
上下无常。非爲邪也。進退无恒。非離群也。君子進德修業。欲及時也。故无咎。
上下すること常なきも、邪をなすにはあらざるなり。進退すること恒なきも、群を離るるにはあらざるなり。君子徳に進み業を修むるは、時に及ばんことを欲するなり。故に咎なきなり。
上下に定まりがないのは、邪悪なことをするためではない。進退に一定のパターンがないのは、仲間を離れるためではない。時を逃さじと德を進め業を修めるがゆゑに、咎はない。
九四は上卦に移り、中を得ぬ危うい位置であるが、天(九五)に最も近い準備の時。「或」の一字が重要で、天機を窺ひながら進退をためらふ龍の思慮深さを表す。時を得れば一躍、飛龍となる可能性を秘める。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は九四を「上不在天(まだ九五の天の位にない)、下不在田(九二の田の位でもない)」の過渡的な位置と捉へる。飛翔するか淵に留まるかは状況次第であり、どちらも正しい選択たりうる。「或」の字について程伊川先生は「疑辞」。確定できない迷ひを表すとし、この迷ひ自体が君子の審慎な判断の表れとする。進むも可、留まるも可。この柔軟さが乾の剛健に潜む知恵である。
朱熹先生『周易本義』▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は「或躍在淵」を「或いは躍らんとして淵に在り」。躍ることへの意志はあるが未だ淵に留まる、との意に読む。この緊張感が「无咎」の根拠とする。占法上は進退の判断が難しい局面であり、時をよく見極めて慎重に動くべき時。また「陽爻が陰位に居る」ことを指摘し、剛が柔の位に居る。進退を厭はない位置の意義を解す。
孫子(孫武先生)の兵法・戦略論との比較▾
九四の「或躍在淵」は孫子(孫武先生)の「知彼知己、百戰不殆」(彼を知り己を知れば百戦危うからず)の精神と深く通じる。進むべきか留まるべきかの判断は、情勢分析と自己把握に基づく。また「形人而我无形」(敵に形を見せて自分は形を見せない)の用兵の妙は、「或」すなはちいずれの行動もとり得る九四の柔軟性に通底する。
王夫之(船山)先生『周易内伝』▾
出典:王夫之(船山)先生『周易内伝』(清)
王夫之(船山)先生は「或」の字を「有」と読み、「躍ることもあれば淵に在ることもある」と複数の状態の共存として解する。九四は上卦乾の初爻として、まだ飛翔の条件が整つてをらず、試みつつも淵に戻ることを繰り返す段階とする。船山先生はこれを単なる迷ひではなく、天道に従つた自然な変化の過程として積極的に評価する。
王弼先生『周易注』▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏)
王弼先生は九四について、文言傳の「上不在天、下不在田、中不在人」の三無の位といふ規定を継承しつつ、乾卦六爻中で最も位置が定まらない爻とする。乾の純粋な陽氣が陰の位(四爻は陰位)に居ることで、剛と柔の間で揺れ動く緊張状態が「或」の一字に現れるとする。王弼先生はこれを否定的に見ず、「或」は正道(貞)を失はずに進退を自由に選べる状態を示すとし、義理的には時勢に従つて柔軟に対応できる君子の成熟した判断力の象徴とする。
孔穎達先生『周易正義』▾
出典:孔穎達先生『周易正義』(唐)
孔穎達先生は小象傳の「進无咎也」を詳解し、「或躍」は単に迷つてゐるのではなく、躍り進むことを志向しながら時機を慎重に計つてゐる状態であると解する。「无咎」の根拠は、進む意志はあるが時と位を見極めてゐる点にあり、軽率に動いて失敗するよりも、機を待つてゐる慎重さが「咎なし」を保証するとする。また「在淵」を深く潜んでゐる状態ではなく、「淵のほとりで機を窺ふ」状態と解し、行動直前の内的準備の象とする。
来知徳先生『周易集注』▾
出典:来知徳先生『周易集注』(明)
来知徳先生は九四について「乾坤錯綜」の観点から、九四の陰位(坤の象)に乾の陽爻が居ることに注目する。これは乾の剛健の中に坤の謙順が内包された爻であり、「或」の不確定性は乾(陽・前進)と坤(陰・退静)の両可能性を同時に内包する状態を示すとする。来知徳先生の解釋では、この乾坤の交差する位こそが真の「時中」(時に応じた最善)を体現しうる爻であり、「无咎」は行動の結果ではなく、乾坤を内包した在り方そのものに備はる德性であるとする。
高島嘉右衛門先生『高島易断』▾
参考:高島嘉右衛門先生『高島易断』(明治期)
高島嘉右衛門先生は九四を「時機未熟、出処進退を慎む」の占断とする。乾卦を得て九四に当たる占は「すでに力量は養はれてゐるが、まだ満を持して動く時ではない」と判断し、焦りを戒める。実占では政界・財界において「有力者の庇護を得て機を伺ふ時期」とし、拙速に動けば九五の飛龍になれず上九の亢龍に落ちる危険を警告する。进退の審慎さこそが吉を引き寄せる要諦とする。
飛龍在天 利見大人
ひりょうてんにあり たいじんをみるによろし
九五は上卦乾の中央、「剛中正」の最も理想的な位置を占める。この爻は古来、帝王の位・聖人君子の完成形として解釋されてきた。「飛龍在天」。潛龍(初九)から乾乾(九三)・或躍(九四)を経て、ついに龍が天高く飛翔する象である。文言傳が説く「大人者、與天地合其德、與日月合其明、與四時合其序、與鬼神合其吉凶」。大人は個人の力量を超えて天地自然の道と一体化した存在であり、単なる地位や才智を超えた德の完成を意味する。「利見大人」は、この大人に会ふ者に利があること、また九五自身が大人であることの両義をもつ。現代においても、自らの使命を悟り社会のために全力を尽くす人物の姿に重なる。
ついに龍が天に飛翔する、乾卦最高の爻です。能力・立場・徳がすべて一致した「完成形」。文言伝の言葉は壮大で「天地と徳が合い、日月と明が合い、四季と順序が合い、鬼神と吉凶が合う」。つまり自然の摂理そのものと一体になった人物像です。現代でいえば、自分の使命に目覚め、社会のために力を尽くすリーダーの姿。ただし、すぐ上に「亢龍悔いあり(上九)」が待っています。頂点に立った今こそ、謙虚さが最も試される時です。
ついに龍が天高く飛んだ、乾卦で最もすぐれた爻です。能力・立場・人柄のすべてが一致した、理想的な完成形です。孔子先生はこの段階の人物について、天地と同じ徳をもち、太陽や月のように明るく照らし、四季のように秩序正しく、すべての吉凶を見通す力をもつ者だと語っています。自然の道理そのものと一体になった存在といってよいでしょう。現代でいえば、自分の使命に目覚め、社会のために力を尽くすリーダーの姿です。ただし、この爻のすぐ上には登りすぎた龍の後悔が待っています。頂点に立ったこの瞬間こそ、自分を戒める心が最も大切になります。
爻 辭
九五。飛龍在天。利見大人。
九五。飛龍、天に在り。大人を見るに利ろし。
九五。龍が天高く飛翔してゐる。偉大な人物に会ふのが吉である。
小象傳
飛龍在天。大人造也。
飛龍天に在りとは、大人の造(さかん)なるなり。
龍が天に飛翔するとは、大人たる聖人君子がその德をいよいよ盛んに世に施してゐることである。
文言傳(九五)
夫大人者。與天地合其德。與日月合其明。與四時合其序。與鬼神合其吉凶。先天而天弗違。後天而奉天時。天且弗違。而況於人乎。況於鬼神乎。
夫れ大人なる者は、天地とその德を合はせ、日月とその明を合はせ、四時とその序を合はせ、鬼神とその吉凶を合はす。天に先立ちて天これに違はず、天に後れて天の時を奉ず。天すら且つ違はず、況んや人においてをや。況んや鬼神においてをや。
大人とは、その德が天地と一致し、その明が日月と一致し、その順序が四季と一致し、その吉凶の判断が神と一致する者である。天よりも先に動いても天はこれに従ひ、天の後に動いて天の時を奉じる。天ですらこれに従ふのだから、況んや人間においてをや、況んや鬼神においてをや。
九五は乾卦中の最重要爻であり、上卦の中央・正位を得た「剛中正」の爻。文言傳の大人の徳。天地・日月・四時・鬼神と一致する徳。こそ真の帝王・聖人の道を示す。「先天而天弗違」とは、聖人の行為が天道に先んじても天がこれに違はないほどの徳の完成を意味し、自然と人事が一体となつた境地である。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は九五を「聖人既得天位、大行其道」の象と解する。剛中正の徳を備えた聖人が天子の位を得て、天下の人々がその徳を見て利益を受ける。これが「利見大人」の最も高い意味である。文言傳の「與天地合其德」については、聖人の徳が宇宙的スケールで天地自然と一致することの意義を詳述し、これを「至誠」の発現として儒家的に解する。「先天而天弗違」は聖人の先見と天道との一致を、「後天而奉天時」は天の後に動いて時宜に従ふ謙徳を示すとする。
朱熹先生『周易本義』▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は九五を「剛健中正、以居尊位」と評し、才徳兼備の大人がふさはしい地位に在る理想的な象とする。占的には、才徳優れた人物が活躍する時であり、良き指導者・賢者と協力すれば大いに吉とする。文言傳の大人論については、これを乾九五の爻意を超えた聖人一般の属性論として解釋し、「天地合德」を理气論的に。天地の理(理)を体得した聖人が現実の気(気)の流れと一致する。と理解する。
ヴィルヘルム博士独訳・ユング博士序文▾
参考:Richard Wilhelm 独訳『I Ging』(1924年)、C.G.Jung 序文(1949年)
ドイツの宣教師リヒャルト・ヴィルヘルム博士は儒者・勞乃宣(ラオ・ナイシュアン、1843〜1921)の教へを受けて易経を独訳し、「飛龍在天」を "Der schöpferische Geist, der sich im Himmel entfaltet"(天に展開する創造的精神)として捉へた。ユング博士はこの訳に序文を寄せ、九五の大人(Grosse Mann)を心理学的「自己(Self)」の実現と重ねて解釋した。個性化(individuation)の完成段階、自我(ego)を超えた真の自己の顕現として。ただしユング博士の易経受容は元型心理学という特定の理論的枠組みの中での解釋であり、伝統的易学とは異なる文脈であることに留意が必要である。
王夫之(船山)先生・戴震先生(清代考証学)▾
出典:王夫之(船山)先生『周易内伝』(清)、戴震先生『孟子字義疏証』参考
王夫之(船山)先生(1619〜1692)は文言傳の「與天地合其德」を、抽象的な形而上学的合一ではなく、具体的な道徳実践において天地の道理に即した行動をとることとして解する。大人の徳は体得の問題ではなく実践の問題であるとする実践重視の立場が特徴的である。戴震先生(1724〜1777)は「理」よりも「情」と「欲」の適正な充足を重視する立場から、飛龍の象を人の本来の能力が正しく発揮された状態として読む。朱子先生の形而上学的理气論への批判的立場から、より人間中心的・経験主義的な解釋を展開した。
王弼先生『周易注』▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏)
王弼先生は九五を「剛健中正、乗時御天」の爻と解し、乾卦の理想的表現とする。九五は上卦の中央・陽の位に陽爻が居り(中正の德)、「飛龍在天」は德と位が完全に合致した最高の状態を示す。王弼先生の義理易では、九五の大人の德は地位によつて生まれるのではなく、德が完成してゐるがゆゑに自然と天の位に応ずることを強調する。「利見大人」は上下互ひに大人の德を認め合ふ状態であり、文言傳の「與天地合其德」は王弼先生の「以无爲爲體、以感通爲用」(無爲を本体とし、感応・疎通を用とする)の思想と深く連動する。
孔穎達先生『周易正義』▾
出典:孔穎達先生『周易正義』(唐)
孔穎達先生は九五の疏において文言傳の「大人者」の定義を精細に解析する。「與天地合其德」については、大人の仁義道德が天地の生育の德と一致するとし、これを具体的には仁(春・生)・禮(夏・長)・義(秋・収)・智(冬・蔵)の四德が天地の四季と対応するものと解する。「先天而天弗違、後天而奉天時」については、聖人の行為が天の道と完全に一致してゐるから、天が聖人に従ひ、聖人もまた天の時に従ふ。この相互的な一致こそ大人の德の完成であると詳述する。唐代において九五の大人論は、天子の政治的德性の哲学的根拠として重要視された。
来知徳先生『周易集注』▾
出典:来知徳先生『周易集注』(明)
来知徳先生は九五を錯綜体系で解析し、乾の錯卦(坤)との対応から、飛龍が「天に在る」のは乾の陽氣が最高の象である一方、その根底に坤の謙順・包容の德があるがゆゑに初めて安定した「吉」となるとする。来知徳先生の九五解釋の特徴は、九五の盛大さを称賛するのみならず、上九の「亢龍悔いあり」との対比を通じて、九五の德が坤の謙德と不可分であることを強調する点にある。「飛龍在天」の次に「亢龍有悔」がある以上、九五はすでに上九への警戒を内包しているとし、自戒の精神なき九五は即座に上九に転ずると説く。
高島嘉右衛門先生『高島易断』(明治期占例)▾
参考:高島嘉右衛門先生『高島易断』(初版:明治19年=1886年刊、全10冊)
明治の易学者高島嘉右衛門先生は「飛龍在天、利見大人」を「天下に英雄を得て大業を成す象」と解し、実際の占断では「最高の吉卦」として位置づける。ただし高島嘉右衛門先生は「九五を得た者が本当の大人の徳を備えてゐるかどうか」を慎重に問ひ、徳なき者が九五を得れば却つて上九の亢龍に転ずる危険を繰り返し警告してゐる。明治政界・財界の実際の占例を多数掲載してをり、歴史的資料としても興味深い。
亢 龍 有 悔
かうりょう くゐあり
上九は乾卦の最頂部、陽氣が極まり切つた位置である。飛龍が天に在る九五から更に昇り極まれば、そこには「悔い」しか待たない。文言傳の分析は鋭く、亢龍とは進む道を知つて退く道を知らぬ者。すなはち驕りと執着の結果として現れる凋落の象である。「物極まれば必ず反す」は易の根本原理であり、この上九はその生きた教訓となつてゐる。「知進退存亡にしてその正を失はぬは聖人のみ」と孔子先生はいふ。亢龍を回避し得るのは時を知り己を知り退くべき時に退ける眞の賢者のみである。現代における地位・名誉・富を得た後の在り方への深い問ひかけである。
上り詰めた先に待つのは「悔い」だけ、というのがこの爻の冷徹なメッセージです。飛龍の次はすなわち亢龍。これが易の示す宇宙の法則「物極まれば必ず反す」です。「進むことしか知らず、引くことを知らない」。地位・名誉・財産を手にしたあと、それを手放せなくなった人への深刻な警告です。孔子先生の言葉「進退存亡を知りながら正しさを失わない者だけが聖人である」。本当の賢さとは、退き時を自分で知ることです。
昇り詰めた先には後悔しか待っていない、という厳しいメッセージの爻です。天高く飛んだ龍の次は、必ず登りすぎた龍になります。これが易経の示す自然の法則で、物事は極まると必ず逆の方向へ向かいます。進むことしか知らない、引くことを知らない。地位や名誉を手に入れた後、それを手放せなくなった人への深刻な警告です。孔子先生はこう言います。進むべき時、引くべき時、あり続けるべき時、去るべき時を知りながら、それでも正しくあり続けられる人こそが本当の賢者だ、と。本当の強さとは、退き時を自分で見極められることなのです。
爻 辭
上九。亢龍。有悔。
上九。亢龍、悔いあり。
上九。龍が昇り過ぎた。後悔することになる。
小象傳
亢龍有悔。盈不可久也。
亢龍悔いありとは、盈(み)つること久しかるべからざるなり。
昇り極まつた龍に悔いありとは、盛りきつた状態を長く維持することはできないからである。
文言傳(上九)
亢之爲言也。知進而不知退。知存而不知亡。知得而不知喪。其唯聖人乎。知進退存亡。而不失其正者。其唯聖人乎。
亢のいひたるところは、進むを知りて退くを知らず、存するを知りて亡ぶるを知らず、得るを知りて喪ふを知らぬ者なり。進退存亡を知りてその正を失はぬ者は、その唯聖人か。
「亢」とは、進むことを知つて退くことを知らず、存在することを知つて滅亡することを知らず、得ることを知つて失ふことを知らない状態をいふ。進退・存亡の理を知りながら正道を失はない者こそ、聖人のみではなからうか。
上九は卦の極まりを示す爻。乾の純陽が窮まり、高く昇り過ぎた龍の象。物極まれば反転するといふ易の根本原理がここに凝縮される。「亢龍悔いあり」は人の道への警告であり、聖人のみが進退存亡を知りてその正を失はないとの文言傳の指摘は、學問修行における謙虚さの終生の必要性を示す。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は上九を「陽道已極」と捉へ、陽の極は陰に転ずるといふ易の変化原理の最も鮮明な表れとする。「有悔」は後悔・悔恨であり、過度に昇り詰めた者が必然的に直面する下降の象。聖人はこの理を知つてゐるがゆゑに、九五の至高の位に留まつて上九の亢龍にならない道を選ぶとする。「知進退存亡」は進・退・存・亡の四つの局面それぞれに正しい対応を知る、聖人の智慧の核心であると詳述する。
朱熹先生『周易本義』▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は上九について「陽道已極、上无所居、知進而不知退」と評する。乾の剛健が窮まり、謙退の道を知らぬまま昇り極まれば悔いを生ずる。占的には「物盛必衰、戒懼之象」であり、この爻を得た者は現在の状況の持続を過信せず、退くことを考へるべき時と判断する。「有悔」は凶ほどの悪事ではないが、後に悔いを生ずる状況であるとして「凶」と「悔」の差を丁寧に区別する。
老子『道德經』との比較▾
老子『道德經』第九章「功遂身退、天之道也」(功なり遂げて身退くは天の道なり)は、まさしく亢龍の戒めと表裏をなす。また第二十四章「自見者不明、自是者不彰、自伐者無功、自矜者不長」(自ら見る者は明ならず、自ら是とする者は彰れず、自ら伐(ほこ)る者は功なく、自ら矜る者は長(ひさ)しからず)は亢龍の病理を鮮やかに描写する。易の「陽極則陰」と道家の「反者道之動」(反ることが道の動き、第四十章)は同根の真理を別の言葉で表現してゐる。
歴史的事例(秦の始皇帝・項羽)▾
亢龍の典型的事例として秦の始皇帝が挙げられる。天下統一(九五・飛龍在天)を達成した後も驕慢を増し、不老不死を求め、焚書坑儒を行ひ、厳法苛政を続けた結果、二世皇帝の代で王朝が滅亡した(前207年)。また楚漢戦争の項羽は、垓下の戦ひで追い詰められた際「天我を亡ぼすなり、戦の罪にあらず」と述べて自省の道を閉ざし、烏江にて自刎した。進退存亡を知つた劉邦が天下を得たこととの対比は、易学的に九五と上九の対比として論じられてきた。
陽明学(王陽明先生)との対比▾
参考:王陽明先生『傳習録』・致良知説
王陽明先生(1472〜1529)は「致良知」。良知(本来の善知識)を徹底して発揮することを学問の要とした。陽明学の観点から上九を見れば、亢龍の「悔い」は良知を失つた状態、すなはち私欲・驕慢によつて本来の良知が曇つた結果として解釋される。「知進退存亡而不失其正」の「正」は陽明学においては「良知の本体」に他ならず、聖人とは常に良知に従つて進退を判断できる者だとする解釋が導かれる。
孔穎達先生『周易正義』▾
出典:孔穎達先生『周易正義』(唐)
孔穎達先生は小象傳の「盈不可久也」を中心に上九の疏を展開する。「盈」(みちること)は萬物の必然的な法則であり、水が器に溢れると流れ出るがごとく、陽氣が極まれば陰に転ずるのは天道の自然な運行であると説く。上九の「悔い」は道徳的失敗ではなく、宇宙の変化原理に無知であつたことから生じるとし、孔子先生の「知進退存亡而不失其正」の句を学知の問題として解釋する。唐代の標準解釋として、極みに達した者への謙退の教訓として広く受容された。
来知徳先生『周易集注』▾
出典:来知徳先生『周易集注』(明)
来知徳先生は錯綜卦の体系で上九を解く。乾の錯卦は坤であり、乾が極まると必ず坤(謙退・柔順)に転ずるといふ宇宙の法則がここに現れるとする。来知徳先生は「悔い」を坤の謙德を忘れた結果と解し、乾の剛健の極致である上九こそ最も坤の精神が必要な位であると逆説的に論ずる。「物極まれば必ず反す」の原理を、錯卦理論によつて幾何学的に示した解釋として独創的である。乾・坤の相互転化は易の根本であり、上九はその転換点に立つ爻とする。
高島嘉右衛門先生『高島易断』▾
参考:高島嘉右衛門先生『高島易断』(明治期)
高島嘉右衛門先生は上九を「極めて凶に近い爻」と占断し、実占では「現状維持すら困難、退身謙退が急務」と判断する。権力の絶頂にある者・成功の頂点にある者がこの爻を得た場合の警告として明確に位置づけ、「今すぐ後継者を定め、役割を譲ることを考へよ」との指示を与へる。明治期の実占例として政界・財界において驕りから失脚した人物の事例を複数挙げ、「亢龍悔いあり」が单なる格言ではなく現実の人間の命運を示す占断であることを実証的に示した。
見群龍无首 吉
ぐんりょうをみるにかしらなし きち
用九は乾・坤のみに備はる特別の辭であり、筮法において六爻すべてが老陽(九=変爻)となつた場合に参照される(坤卦は「用六」)。「見群龍无首、吉」。多くの龍がゐるが、誰が首かわからない。象傳は「天德不可爲首也」と解す。天の徳は支配や統率を目的とせず、自然に万物を育み、首たることを求めない。上九「亢龍悔いあり」の戒めを受けて、乾卦全体の締めくくりとして「剛を以て用ゐつつも、首たることに執着しない」謙下の精神が吉を生むことを示す。乾の剛健は本来、自己主張のためではなく萬物の生育のために働く宇宙的な原理である。
用九は六本すべての爻が変わるという、きわめて特殊な状態にのみ使われる辞です。「多くの龍がいるのに誰も先頭に立たない。これが吉」。これは一見不思議に思えますが、乾卦全体の締めくくりとして深い意味を持ちます。天の徳は支配しない、号令しない、ただ自然に万物を育む。「俺についてこい」と叫ばずとも、気づいたら周りが育っていた。そんなリーダーシップが最高の吉をもたらす。強さとは支配することではない、というのが乾卦最後のメッセージです。
用九は、六本すべての爻が変わるというめったにない特別な状態にだけ使われる言葉です。たくさんの龍がいるのに誰も先頭に立たない、それがよいことだと易経は言います。一見不思議に思えますが、考えてみると納得できます。天は誰にも命令しません。ただ自然に雨を降らせ、太陽を照らし、すべての命を育てます。俺についてこいと叫ばなくても、気づいたら周りが育っていた。そういうリーダーシップこそが、最もよい結果をもたらします。強さとは人を支配することではない。これが乾爲天の最後のメッセージです。
爻 辭
用九。見群龍无首。吉。
用九。群龍を見るに首なし。吉。
用九。多くの龍を見るが、先頭に立つものがゐない。吉。
象傳(用九)
用九。天德不可爲首也。
用九は、天の德は首たるべからざるなり。
乾の九を用ゐるとは、天の德は自ら先頭に立ち支配することを求めないことである。
用九は乾のすべての陽爻が変爻となつた場合の特別な占断。乾の剛健なる德は、首となつて衆を率ゐることに執着しない点に眞の強さがある。「剛にして首たらず」。これが天の德の極致であり、易經が乾爲天を通じて示す最終的な人間の在り方である。
程伊川先生『易程傳』▾
出典:程伊川先生『周易程氏傳』(北宋)
程伊川先生は用九の「見群龍无首」を、乾の九(陽爻)を用ゐる際には「首(頭・はじめ)」にこだはらないことが吉とする意と解す。乾の剛健を用ゐつつも、陽剛の過(亢龍の悔)を犯さぬやう謙退の心を以て臨む。この乾用の法は乾坤のみに設けられた特殊な用法であり、剛健の道の頂点における謙虚さの重要性を示す。「无首」は無首(主がゐない)であり、誰も首たることを主張しない自然な調和の状態とする。
朱熹先生『周易本義』(占法の説明)▾
出典:朱熹先生『周易本義』(南宋)
朱子先生は用九について占法上の説明を丁寧に行ふ。「九は陽爻の老(変爻)であり、筮において六爻すべてが九となつた時に参照される特別の辞である」とし、乾の変は通常は坤に向かふが「用九」はその過程の特別な状態を示すとする。「見群龍无首」は六龍(六爻の龍)がすべて変じて、誰が首かわからない状態。これは乾の剛健が柔順に転ずる過渡期の吉の象とする。
老子・道家思想との比較▾
「群龍无首」は老子の「聖人は積まず。既に以て人のためにし而も己益々有り。既に以て人に与へ而も己益々多し。天の道は利して害せず。聖人の道は爲して争はず」(第八十一章)と深く共鳴する。また「上善は水の若し。水は善く萬物を利して争はず」(第八章)が示す最高の指導者像。争はずして萬物を潤す在り方。は群龍无首の吉の根拠と共通する。易の「剛にして首たらず」と道家の「爲而不争」(為して争はず)は同じ真理を示す。
占筮法の技術的解説(用九の使ひ方)▾
参考:朱熹先生『易学啓蒙』、荻生徂徠先生『易凡例』
伝統的な筮法(大衍の数による筮竹占法)では、各爻を老陽(九・変爻)・少陽(七・不変)・老陰(六・変爻)・少陰(八・不変)の四種に分類する。乾卦を得て六爻すべてが老陽(九)となつた場合にのみ、爻辞を用ゐずに「用九」を参照する。これは乾全体が極まつて変化しようとする特殊な状態を示し、「首たることを求めない」謙退の精神で臨むことが吉と示す。坤卦に対応する「用六」(「利永貞」)とともに、易の筮法理解において重要な概念である。
王弼先生『周易注』▾
出典:王弼先生『周易注』(三國魏)
王弼先生は「用九」を乾卦全体の用(はたらき)の法として解釋する。「見群龍无首」とは、乾の純陽の德がひとつの首(主宰者)に固定されることなく、自然に萬物に行き渡る状態を指す。王弼先生の義理易では、「无首」は老荘の「無爲」の精神と通底し、真の乾の德は支配せず・主張せず・率先せずして、無形のうちに萬物を生育するとする。象傳「天德不可爲首也」の注においても、天の德は特定の主体性をもたないがゆゑに永遠であるとし、首たることを求めることが乾の德を損なふと説く。
虞翻先生(爻変説)▾
参考:虞翻先生の易注(三国呉)
虞翻先生は爻変の観点から「用九」の特殊性を精密に解析する。乾の六爻すべてが老陽(変爻)となることは、乾が全爻変じて坤に転ずる極端な変化を意味する。虞翻先生はこれを「乾の德が最高に発揮された状態が坤(柔順・謙退)に転ずる」と解し、「群龍无首」は六頭の龍(六爻の龍)が各々変じて坤の柔順に転じた結果、誰も首を争はない調和の状態として象数的に説明する。この解釋は「吉」の根拠を単なる謙虚さではなく、陰陽変化の完成形として数理的に示してをり、宋代以降の象数学派に大きな影響を与へた。
| 上・下卦 | 乾(天)/ 乾(天)— 八純卦 |
|---|---|
| 四德 | 元亨利貞 — 仁禮義智に通ず |
| 象 意 | 天・剛・健・父・君主・龍・馬・首・骨・金屬・圓・氷・玉 |
| 方 位 | 西北(後天八卦) |
| 季 節 | 晩秋〜初冬(建亥の月・十月) |
| 五 行 | 金 |
| 身 體 | 頭・骨・肺・大腸 |
| 人 物 | 君主・父・上司・實力者・龍 |
| 占断總括 | 乾爲天を得た場合、一般には力強い前進の卦。位の高い者・大人物には大吉、一般の人には位負けして凶となることも多い。「貞(正しくある)」の一字を失はぬことが肝要。 |
| 龍の六段階 | 潛龍→見龍→惕龍(乾乾)→躍龍(或躍)→飛龍→亢龍 君子の人生の軌跡 |